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叶えたい自分像

マドモアゼル・愛先生の月の欠損論に出会ったことが、すべての始まりだった。

コロナ禍をきっかけに、私は世の中の人の発信の数々に心救われる事が増えた。

ハンバートハンバートが毎週配信をしてくれる、自宅の庭での音楽ライブ。マーマーマガジンの服部みれいさんのライブ配信。   人の暖かさに触れたくて。

その中でふと耳が…とゆうよりか、心がキャッチした、マドモアゼル・愛先生の月の欠損という考えが、ものすごく深いところに突き刺さった。

占いというものに自分はものすごく引っ張られてしまいそうだから、私はそれまでまったく見たり知ろうとしたりしなかった。

それなのにマドモアゼル・愛先生の月の欠損については、何故かどんどん深く掘り下げたくなってしまった。動画で静かに話す愛先生の考えを知り、深いところにグサリと何かが突き刺さる。ものすごい衝撃に頭がクラクラして、苦しくてどうしようもなくなった。

私があると思っていた優しさこそ、自分は持ち合わせていない、それだけがない…

到底受け入れたくないようなことなのに、刺さった。つまり、真実をそこに見たような気がしたから。

わたしは月星座にものすごく引っ張られ、そこに粘着質なこだわりみたいなものを持って生きてきたんじゃないか。優しい自分でないといけない、優しい人であるにはこんな事は言えない、いちいち頭でいい人であろうと考えてしまっている事に気づいた。

月の幻想を手放すことで、太陽を生きられるようになる。

いい人であろうとしなくていい。そんなことに自分のエネルギーを使わなくてもいい。

自分が太陽を生きるってどういうことだろう。

無いものを知り、次は自分にあるもの、自分の才能、自分の思いなんかをどんどん知りたくなった。

ちょっと遅くきた、自分探しの旅がはじまった。

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