神様探し

僕は、最近のキャッシュレス化って時流が、なんとなく苦手で、まだ、乗れていない。

日本では、古くから、「万物に魂は宿り、万物の神が居る」と、考えられてきたが、どんな物にどんな神様が宿っているか?は「感じ方次第」だから、人それぞれだろう。

少し前のヒット曲に「トイレの神様」という曲が有ったが、僕は最近「レシートの神様」と親しくなった。
昔からずぼらで、ガサツで、チャランポな性分の為、家計簿なんて付けた事なかったので買い物しても、レシートは、必要ないから、「レシート結構です」と断ってしまうか、レジ横の不用レシート入れへ棄てるのが、常だった。そんなズボラな性格だから、お金の管理も杜撰で、無駄遣いや、衝動買いも、多く、貯金も貯まらない。そんな杜撰な、お金の使い方を見直そうと、レジ前で「レシート結構です」と言うのを止めてみた。
とりあえず、受け取ったレシートも、家計簿を付けない僕には、やはり不要で、持て余し、買い物帰りのバスを待つ、バス停のベンチで、あるいはバスに乗った後、車中で、そのレシートを見返し「これは、買わなくても、良かったのでは?」等と検証する事が習慣になり、無駄遣いや、衝動買いが、激減し、生活に余裕が出来、貯金が増え出した。
僕が以前は、全くそれに価値を見出だせなかった、レシートを大切にするようになってから、生まれた「ゆとり」なので、僕は通帳記入をする度レシートの神様のご加護を感じる。きっと「万物に魂は、宿る」とは、あらゆる物に価値を見出そうとする心の有り様を、是とする価値観なのかも知れない。

となると、冒頭で触れたキャッシュレス化ってヤツが、恐い気がする。

そんなキャッシュレスの時代には、「レシートの神様」は不要になる?あるいは、その代わりに「キャッシュレスの神様」が台頭する?「目に見える」って存外大切だ。今回のレシートの件だって、お金の動きが、目で確認できたから、僕の浪費癖は、矯正できたのだ。

キャッシュレス化に乗り遅れた高齢者が、うろ覚えに始めた、キャッシュレス化で、「目に見えない資産を使用する」習慣に馴染めぬまま、「いつの間にか破産」なんて事もあるかも知れない。レシートの神様は、優しく温かい方だったが、
キャッシュレスの神様は、神様というより魔女に近いかも知れない。

以前のレシートを受け取りさえしなかった頃と、必ずレシートを見返すようになってから、僕は「懐具合」だけでなく、ものの見方も変わった気がする。
豊かに生きるヒントなんて、そんな身近なところに有るのかも知れない。
何に、どんな価値を見出だすか?は、本人次第だろう。便利だけを追っていると、何か見落とさないだろうか?何処にどんな価値(神様)が潜んでいるか充分留意したい。
時代に乗り遅れるのは嫌だが、次代に躓くのは、もっと嫌だ。

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