8分前の世界


夕べ、無人の台所から、不審な物音がしたので、様子を見に行くと、
音の正体は、ゴキブリだったようで、
明かりをつけると、冷蔵庫の下に逃げ込んで行った。
明かりを避けるような動きをしたのだから、彼らは、「光」が見えるのだろう。

一方、僕には、光は見えない。例えば夜、暗闇では、何も見えないから、明りをつけると、見えるようになるが、それは「光」を見ているのではなく、光に照らされて明るくなった物を見ているだけだから、直接「光そのもの」を見てはいない。
光が無ければ、目は見えないのに、光は、見えない、
光に限らず、この世は、全て、そんなものだろう。

奇跡的な確率で、たまたま、生まれた宇宙の片隅で、たまたま発生した生命が、たまたま進化して、たまたま視覚等の知覚を獲得しなければ、世界には何も無いのと、ほぼ、一緒だった筈だ。「見る」とか「知る」という行為が出来る存在が無くても「世界」は、成立する?

いったい世界は、どこに有って、我々は、どこに居るの?

ちなみに、「○○光年」という言葉が有るように、光にも「速度」が当然有り、太陽や、月から、,地球に、光が届くには、8分もかかるらしい。つまり我々が見ている太陽や月は8分前の姿
らしい。同じように 「神経伝達」にも所要時間が有るのだし、その視覚情報を脳が情報処理するのも、時間が要る訳だから 「目に映ったモノ」も数秒前の姿だ。

地球上に居る限り、我々は、リアルタイムの世界は、知り得ないようだ。我々が、今居る筈の「今現在の世界」はどうやら、我々とは無縁であるようだ。あ~不思議だ。

世界は不思議で当然だ。我々は、世界を知覚できないのだから、

分からなくて、当たり前だ。

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