嗚呼、悲しみのモカマタリ

僕は昔、モカマタリって銘柄のコーヒーを好んで飲んでいたが、その産地のイエメンが、内戦中で、価格が高騰し、最近は飲めてない。今、市場に「モカ」として流通しているものはイエメンの対岸のエチオピア・モカばかりだから、

イエメンは内戦でコーヒー栽培どころではないのだろう。
その戦禍は、五年以上継続中で、約5万人が死傷し、200万人が国内難民になっているらしい。何故そんな悲惨な状態に陥っているかというと内戦の背景にイスラム・フーシ派とザイド派の「宗教対立」という側面があるらしい。僕は、きっとそれが、問題を深刻化している要因だと思う。宗教対立なら、双方にとって、一歩も引けない「聖戦」で、互いに自らの正義を持ち戦っている。こうした「正義」は、時に、悲劇に拍車を駆ける。
 たとえば、第二次大戦時の日本軍部もナチスも自らの大儀を正義と信じて疑わなかったように、悲劇に過剰な正義は、つきものだ。昔「戦争を知らない子供達」という歌が有ったが、このまま内戦が終わらなければ、イエメンには「平和を知らない子供達」が増えてしまう。そのまま、その子達が大人になったら、平和を知る者が、誰も居ない国が誕生してしまいます。その大人達も天命を全うするまで、内戦がおわらなければ・・・と、悲しみに、きりがないです。殊に「宗教絡みの内政問題」だけに、他国も口をはさみ難く、仲裁できない。←ここでも、また、「正義」が障壁になっています。

こうした「正義の負の側面」も、我々は強く認識し、正義を美化せず警戒する事も大切だと思います。最近、あからさまな拡張指向を表す近隣大国も、核兵器開発・実験を再開した国も、全ては、国家の為という正義の為に下された決断だろう。そんな大き過ぎて庶民に見えない正義が戦争を産み、平和を壊し兼ねないと充分留意しないと危険だと、僕は、心配です。

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