ありがとう、浪速の轟砲
とうとうこの日がやってきたか、という気持ちだった。
朝起きた私の目に、オリックス・バファローズのT-岡田選手が今季限りで引退するというニュースが飛び込んできたのである。
バファローズファンを長くやっている人間で、T-岡田を嫌いな人は居ないのではないかと思っている。
豪快なスイングから生み出されるホームランは何度もチームに勝利をもたらして来たし、何より彼のホームランはその弾道が美しかった。
「ホームランアーチスト」という言葉が、本当によく似合う選手なのだ。少なくとも、バファローズファンにとって彼は紛れもなく「スター選手」だと言える。
Tのプロ野球人生は、そのままオリックス・バファローズの苦難と歓喜の歴史でもある。
Tは2005年の高校生ドラフト1巡目(外れ)でバファローズに指名された。
この年大阪の高校野球界では将来が嘱望される選手が4人いて、「浪速の四天王」と呼ばれていた。バファローズは最初の指名で四天王の別の1人(辻内崇伸)を指名したが、抽選で巨人に負けてTを指名した。
しかし、最初に指名した辻内は投手で、私は個人的にホームランバッターになれそうな選手に来てほしかったので、結果的にTになって嬉しかった事を覚えている。
なお1巡目と書いたが、当時のドラフトは高校生と大学生・社会人で別に指名を行なっていたり、大学・社会人に「希望入団枠」という「俺もうこの球団と話がまとまってるから、他球団は指名しないでね」ができる制度があったので、今とはかなりシステムが違っていた。ただ、期待されての入団であった事は間違いない。
ちなみにこの年の希望入団枠でバファローズに入団しているのが打たれてベンチに帰ってきたのに満面の笑みを浮かべる画像でお馴染みの球団のレジェンドリリーフ、平野佳寿である。この年バファローズはもう1人クローザー等で活躍する岸田護という投手も指名しており、後々振り返るとこの年は大当たりのドラフトであった。
入団後、数年間は二軍生活を送っていたが、当時の岡田彰布監督の発案で登録名を本名の岡田貴弘から「T-岡田」に変更(「T」は名前の「Takahiro」の頭文字や、恐竜のティラノサウルスの学名の略表記「T.rex」に由来)する。
すると登録名を変更して初のシーズンである2010年には33本塁打を放ち本塁打王のタイトルを獲得。22歳での同タイトル獲得は王貞治以来という快挙であった。
2000年代のバファローズは10シーズン中Aクラスは1回のみ、この年もバファローズの順位は5位とチームとしての状況はけして良いものでは無かったが、若き主砲の誕生に、私を含めたファンは今後の輝かしい未来を期待せずにはいられなかった。
しかし。
そこからのTの野球人生も、バファローズというチームそのものも苦境の連続だった。
Tは本塁打王を取った翌年のシーズンから(飛ばない球と言われた統一球の影響もあっただろうが)本塁打数が大きく減少、怪我でシーズン中に離脱する事も多く、2011年以降で30本塁打を超えたシーズンは2017年の1度だけ。
メンタルの弱さを指摘する声もあった。
バファローズも、伸び悩むTに連動するように苦しんだ。2014年に僅差での2位はあったが、それ以外はBクラスのシーズンが続いた。主軸は当たり外れの大きい外国人助っ人頼みになる状況が多く、そもそも主軸以外も全体的にレギュラーを固定できない状況だったので、安定した戦いは望めなかった。
ただ、チームを強化するための種は蒔かれていた。
スカウティング部門の変革。
二軍施設の充実。
ドラフトの指針も変わった。
Tに求められていた「安定して活躍するチームの主砲」という役割は、新たな指針に基づき、2015年にドラフト1位入団した吉田正尚が担うようになった。
吉田はTと比べるとややアベレージヒッター寄りだが成績が安定しており、レギュラー定着後は故障離脱も少なかった。
最年少でチームの4番を任されていたTは、6番などやや下位を打つ機会が多くなった。
少しずつチームが変わっていくなかで、このまま、T-岡田という選手は終わっていったのか?
そんな事はない。
2021年、バファローズが前年最下位から一気に駆け上がったリーグの頂は、Tの活躍抜きに到達する事はできなかった。
リーグを代表する好打者に成長した吉田を3番、前年から一気に才能を開花させてこの年の(そしてあの2010年のT以来の)本塁打王に輝いた杉本裕太郎を4番に据えた新生バファローズ打線で、Tは主に5番打者として活躍した。
この年は序盤からポイントゲッターとして価値ある一打を放ち続けたが、彼が最も輝いていたのはシーズン終盤にチームが2位で迎えた首位ロッテとの3連戦だった。
逆転優勝のためには3連勝が絶対条件と言われたこの3連戦で、Tは1戦目と3戦目に逆転3ランホームランを放ち見事にチームを3連勝に導いたのだ。
特に3戦目のホームランは9回2アウト、ロッテのクローザー益田直也から打った劇的すぎる一打だった。
この3連勝の後も両チームは熾烈なデッドヒートを繰り広げたが、最後はロッテが力尽き、バファローズは僅差でリーグ優勝を成し遂げる。
Tは規定打席には僅かに届かなかったものの、最終的にチーム3位の17本塁打、63打点をマークする。苦しみ続けたチームの飛躍の瞬間、Tは間違い無くその中心にいた1人だと思う。
その後のバファローズは2022年、23年とリーグ3連覇を達成し、22年には1996年以来の日本一にも輝き「黄金期」を迎える。
一方でTは故障の影響もあり、2年連続で不本意な成績に終わる。
そして迎えた2024年。
本人の中で退路を絶って望んだシーズンだが調子は上がらず、二軍戦でも結果を残せなかった。
古傷の影響もあり、練習と治療を繰り返す状態だったという。
最後は自ら引退を申し出たとのこと。
いちファンとして、その決断を尊重したいと思う。
また、これは完全な「お気持ち表明」になってしまうのだが、チームに貢献してきたベテラン選手が戦力外通告やコーチ転向を打診された結果、出場機会を求めて他のチームに移籍し移籍先で引退するケースがしばしばある中で、今回バファローズファンとしてバファローズのT-岡田の引退に立ち会えるのは、幸せだと思う。
T-岡田には、才能があった。
その一振りで。
否、打席に入るだけで。
否、その名前がコールされるだけで。
それだけで「何かを起こしてくれるのではないか」というファンの期待を呼び起こすことができる稀有な才能が。
それはチームの主力として長く活躍し、その中でも特にファンの印象に残る劇的な活躍を幾つも積み重ねた者だけが持つ才能だ。
残念ながら、今のバファローズには私基準でその才能を持っていると思える選手がまだいない。吉田正尚や山本由伸がずっとバファローズに居てくれればそういう選手になれた(というかほとんどなっていた)と思うが、彼らは新天地で新たな挑戦の最中である。
Tが去る今、残ったバファローズの選手達の今後の奮起に期待したい。
最後に。
引退が決まった今、叶うならば、最高のシチュエーションでもう一度彼が打席に立つ場面を見たい。
もっと欲を言えば、そのスイングで球場が歓喜の渦に包まれる場面を見たい。
でも、既に身体が限界というのであればこれ以上の活躍を期待するのは酷な事かもしれない。それにチームがCSに届くかギリギリの戦いが続いている状態では、T自身がそんな場面での出場を望まないかもしれない。
だから、彼のプロ野球選手としての最後がどんな形になるかまだわからないので、この場でひとまず御礼を言いたい。
ありがとう、浪速の轟砲T-岡田選手。
私にとって貴方こそがミスター・オリックスバファローズでした。
(敬称略させていただきました)
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?