日記 本を読んだり

【休刊日と定食屋】
雨の中図書館に行ったら休館日でした~。チクショ~。小梅太夫だね。
でも、図書館近くにいつもしまっている定食屋さんが2個あるのだけど、平日の今日行ったら開いていた。お味噌汁がついていて、知らないおばちゃんが作ってくれた事実が何よりも心を癒してくれたりする。私は18歳ぐらいから歳を取るほど、どんどん若い女の価値はなくなるんだって怯えていたけれど(そんなにミニスカを履いていた訳でもなく、ちやほやされたりおごってもらったわけでもないのに)、おばちゃんから受け取る特別感や、おばあちゃんから受け取る特別感もあるのだなと思った。幼児やこどもや、おじさんやおじいちゃんからしか得られないものもある。定食をだしてくれるおばちゃんから、勝手にお母さん味を感じるのはひどいことかもしれないと思ったけど(加害妄想)、お母さんと勝手に呼んだりするのでなく、内面で癒されている程度であれば、大丈夫だと思う。定食は1000円しなくて安くて、心のどこかの隙間を満たしてくれた。日本人の心だ(?)

【小田切あさぎさんの本を読んだ】
コンビニで立ち読みしたら、全部読み終わった。面白かった。
何も買わないのも悪いので、カフェラテを頼む。おいしい。コンビニのカフェラテは安いのにとてもおいしくてすごい。コーヒーミルクと砂糖を入れた。雨の日は暖かい紅茶がおいしいとイギリス人が言ってたという言葉を思い出した。
小田切あさぎさんの言ってることは、信頼している友人の言っていることとほぼ被っていた。(友人もめっちゃ稼げそう…)
kindle unlimitedで残りの2作も読めるということで、月額課金をした。更新日前に切る予定だ。
受け取ることが大事なのだという。それもそうだな、と思った。自分が結果を残せてないときは褒めてもらえても受け取れなかったことを思い出したが、心からあなたがにこにこすることで周りも幸せになると書いてあった。実家では兄に健康が無かったから、遠慮してにこにこしていなかったのだが、あなたの笑顔が人を幸せにすると書いてあると、そうだなぁと思った。少なくとも私は私を害しない人が嬉しそうにしていると、確かにとっても嬉しくなってしまうのだ。
幸せになる系の本を読むと、すごく斜め下からガンをつけて「テメェ…!この世に幸せなんてねぇんだよ…!」と睨んでしまいそうになるのだが、心の中に愛のある熱血教師を召喚して、「辛かったんだな、お前…!!これからは俺が…一緒だ!!」って抱きしめてやることにする。

余談だが、ヤンキーのガンつけといえばこの話が脳内にすごく浮かんでくる。
ヤンキー高校の生徒会長はどんな人なのか -後編-

そういえば自己啓発本は久しぶりに読んだのが、なんというか正直ある程度のカンフル剤的効能がある。すぐ読み終えられるのも、読み切れたという征服感をもたらしてくれる。(物理的な本の方が征服感があってきもちいい)。思考の影響としては、夏目漱石を読んでると文書が長くて、ちょっと文体が影響されるみたいな。正直本を1冊読んだ程度で人生が変わるかといえば、もちろんそこから自分の行動を変えたりしていくことなどで変わっていくのだが、本は良いものだと思った。元気をくれたりする。

小田切あさぎ氏の本で一番面白かったのは「なんかもうマジで辞めると思って、引継ぎを1か月とか持たずに速攻で辞めた」という部分だった。(上司には怒られまくったらしい)。周りは大変だったと思うけど、転職後その会社に営業であいさつしたら向こうもあたたかったよ!という素晴らしいパワー。すばらしい。この世で一番私が大事だよ!というのは確かに、そう。

あとはkindle unlimitedでお金持ちになれる本みたいなものを読んだりしていたが、受け取る力も大事らしい。確かに。気持ちよく受け取れる人間になりたい。受け取れないと富とかも得られないしな。

【君は君の人生の主役になれ 鳥羽和久】
私は坂口恭平氏に一時期ドはまりしていたことがある。
電話でお世話になってこともある(ありがとう)。
そんな坂口恭平氏が福岡でギターライブをしてくれたことがあり、その会場が本屋だった。そこの本屋の店主が鳥羽和久氏らしい。
instaで本人画像を見て、ちょっと怖そうと思った。大竹まことと阿佐ヶ谷姉妹のラジオに出ていたのがyoutubeにあったので聞き、声を聞くと良い感じに力の抜けた声であった。(昨日BTSのライブを見たので今日それどころじゃないんですよと大竹まことに言っていたので、気に入られて乗りこなしていこうという権力主義ではなさそうだなと思い、好感度があがった)
(正直、本屋で求人がでている~と思い、本を途中まで読んで行ったのだが、ああぁ…私は文化人を名乗れるほどのものでは…などという謎の意識になりすごすごと帰ってきた)
まぁとにかく本の内容はとても良い。小~高校生というか、ひねていた小中学生の私が読んだらこの本とお友達になれて、さびしくなかったのではないかとちょっと思った。私は全部ウソじゃないか!(欺瞞という言葉も知らなかった)と小学生の頃の私は思っているところがあったが、直接それを叫んだら大人に怒られる、と思って、曖昧に笑って黙っていたけれど、ずっと底の方には怒りがあった。(抑圧が強かったから、問題行動はさほど起こさなかったけれど。)
難しいことを分かった人がこどもむけ(?)に書いた本と言うのは、難しくてよく分からない知識でこの世をより生きていきやすくしてくれるんだよ、
ということを私の頭でも分かるように書いてくれていて、うれしい。
文学科出身ですか…と理系や商学部卒に言われるときの切なさも意外に昇華される。
子どもの頃の私の、お友達と仲良くしましょうとか、なぐっちゃだめだよ、とかじゃなくて、私はでも私が正しいと思っているの、という涙が出そうな悔しさについても大人の脳みそを使って一緒に考えてくれるのは、世界を切り開く鋏を一緒に持ってくれるみたいで嬉しい。

【ほか】
近頃はだらだらしたり自分を責めてみたりなんだりしてみていたのだが、絵を描いたり一人ですごしたり、話を聞いてもらったり、そういうことをやっているとなんとなく自分が統合されたというか、ちょっと取り戻した感じがあって嬉しい。社会人みたいなことをやっていると、自分を猛烈にパソコンとして扱いつつ御しながら怒り、豚の自分を馬のように動かす…なぜなら世の中は馬を必要としているから…みたいなことをやるから、ちょっと疲れたりする。薄氷の下に自分を置いて、薄氷はどんどん厚くなっていくみたいな感じだ。自分の心音も聞こえなくなってしまって、ついにパソコンになった私は途方にくれたり、人生がないなと思ったりしてしまう。それはいけない。書いていて思ったが、薄氷の光景は「はてしない物語」から来ているのかもしれない。

【欲望】
そういえばやっぱり新聞と言うかZINEというか、壁新聞と言うか、投稿というか、そういうものをやっぱりやりたい。他人の反応みたいなものを受けるとダメージを受けてしまうかもしれないけれど、やっぱり出して表現することは好きなんだと思う。混沌と飛び飛びの出来事に星座を描いて意味を見出す自分のこと、自分は面白くて好き。

【幸せだったこと】
こどものころの話を大切な人が聞いてくれてうれしい
べらべら喋っている姿を楽しそうに聞いてくれて嬉しかった
コンビニのカフェラテおいしい
友人とのLINE 大好き
定食屋の味噌汁おいしかった

【自分の中に二人いる】
結局今は自分の中に二人ぐらいいる状況で、だからこんなにつかれちゃうんだな~と思った。操縦席はたぶん一人ぶんしかないのだ。
人格はまぁ10人ぐらいいるらしいんだけど、交代制だというし。
抑圧の私は「お前はいけない、ほら失敗した、やっぱり、無能なんだ」とにやにや嬉しそうに自分をいじめている。利益を出さないので、そんなことに労力を割きたくない、というか、自分の操縦かんを自分で握れたら、どんなに楽だろう。
人生はもっと面白いかもしれないのだ。
あと、なんで自分はこんなにクズで動かなくて最低なんだろう!と思うのも、抑圧が強すぎて本来の自分と感覚を共有できていないからなのかな、と思った。嫌だ~!とのたうち回ったり、嫌だ~!とメソメソしたりというのがなかなかないし、なんだあいつは!なんだあの会社は!とぶちぎれたりもしていないが、まだ自分の中で出来事や、それによって起こった感情を上手く拾いきれない(そんなことをするのは大人ではなくて子供っぽくて、よくないと思ったりはするが、人間と言うのは感情も大事に、というかちゃんと拾い上げて統合してあげたほうが良い気がする。世の中の大人は飲み会で酔っているという免罪符を元にそれを発散させたりする。合理的だ)

【生きてるのはやっぱちょっと面白いかも】
好きな人が私がつらつら言ってることを面白いと言ってくれて、嬉しかった。
友人に関してもやっぱり私は嫌われてないかなとか愚痴ってばっかかなとか思ったりしちゃうが、もっともっと信頼していいのかもしれない。





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