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【禍話リライト】役に立たない

大学時代にAさんが付き合っていた恋人の自宅は、年季の入ったオートロックなどのセキュリティ対策のないマンションにあった。
彼女はあまりそのような事を気にする性格ではなかったが、女性が一人暮らしをするにはあまりにも頼りない物件である。
そんなマンションの五階に恋人が住んでいた。

ある夜、Aさんは恋人に会いに部屋に向かっていた。
エレベーターのすぐ隣の壁の『消火器↓』と縦書きに書かれた赤い表示板が目に入った。
その表示板の右側に黒文字で『役に立たない』と落書きされている。
『役に立たない消火器』。
設置義務がある消火器が役に立たないわけないだろと思ったが、特別伝える事でもないので、そのままエレベーターに乗り目的の部屋に向かった。

しばらく恋人と過ごし、また来るねとAさんは部屋を後にした。
行きで気が付いた落書きされた真っ赤な表示板が、また視界に入る。
なんとなく指でなぞると、それが油性ペンで書かれているとわかった。
(公共物に落書きなんて不届き者だな)
だが自分がどうにかするべき事でもないので、そのまま帰路へ着いた。


その二日後の昼。Aさんは恋人の住むマンションを訪ねた。
風邪をひいて大学を休んだ彼女に、講義のプリントを渡す為である。
エレベーターを待っていたAさんが、そういえばと壁の赤い表示板に目をやると、アルコールなどの薬品を使ったのだろうか、落書きは跡形もなく綺麗に消されている。
(へえ、こんなマンションでも管理会社はちゃんと仕事してるんだな)
恋人にプリントと一緒に食料や飲み物を渡し、一言二言会話を交わして、うつしちゃ悪いからとその日はさっさと帰されたのだそうだ。

暫くして恋人の風邪も治って、大学にも顔を出すようになった。
久々に部屋へ遊びに行くと、また消火器の表示板に『役に立たない』と落書きされている。
それから度々彼女の部屋へ遊びに行ったのだが、落書きされては消されの鼬ごっこになっていた。
とうとうAさんは、恋人に消火器の表示板の落書きの話をした。
彼女は「引っ越した時からずっとだよ。セキュリティがガバガバだからね」とあっけらかんと答える。
いや引っ越せよとツッコミを入れたが、執拗に落書きをするようなおかしな人間がマンションに入り込んでいるのは事実だ。
そしてその後も鼬ごっこは続いているそうだ。

ある日、デートで恋人を自宅まで迎えに行った時の事。一階に着いたエレベーターを降りると、例の落書きされている消火器の前に若い男がいた。
布巾のようなもので、表示板を念入りに拭いている。

(ああ、管理会社の人か)
Aさん達に気付いたようで、男は元気よくこんにちはと挨拶をしてきた。こちらも挨拶を返し、比較的話し易そうな人だと思い、何気なく消火器の事を訊ねた。
「大変ですね、定期的に落書きされては消してで」
「あはは、まあでもしょうがないですよね〜。家族からしたら、そう思いたいですからね!」

(ああ、『役に立たない』って、そういう事なのか…。)

炎に何かしら関係した事で人が亡くなっているマンションだと知ってしまった恋人は、その後セキュリティのしっかりとしたマンションへ引っ越したという。


出典

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』の (元祖!禍話 第三十夜) 『役に立たない』(29:35~)再構成、脚色し文章化したものです。

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