時計台

soba

蕎麦と言えば出石、出石と言えば蕎麦である。

出石と書いて「いずし」と読むのであるが、ふつうに読めば「でいし」と読んでしまう人も結構いそうである。

先日、その出石に蕎麦を食べに出かけたのである。

今から10年以上も前に、出石で食べた蕎麦の味が忘れられず、いつかもう一回食べにいきたいなと思っていたのでとてもワクワクしていたのだ。

「前来たときに入ったお店がむっちゃおいしかってん!ガイドさんに一番美味しいですよ!って教えてもらったお店やってん。でも店の名前思い出せんねん。あ!そういえば駐車場からまっすぐ行って右に曲がった場所やった!」

夫にこう説明して歩いて行ったのだが、そこにあるはずのお店がない。

ここだと思ってたどり着いたのはなんだかギラギラした感じのお店で観光客がいっぱい。呼び込みしているおじさんもニヤニヤしながらこう言うのだ。

「こっから先の店は手打ちの店は一軒もあらへんよ!どうぞどうぞ!お入りください!ウチの店からは蕎麦食べながら鯉も見れますよ!」

いやいや、私が探してるんはもっとこう質素な感じの古い店構えの蕎麦屋ですねん!蕎麦すすりながら鯉を見れんでもええですねん!てかなんで蕎麦食べに来て鯉なんか見るねん!アホやろ、おっちゃん!

「うーんないなーなんでないんやろ。店なくなってもたんかなー。」

こうつぶやく自分に夫が言った。

「なぁ、駐車場まっすぐ行って右ってゆーてたやんな?バスが止まる駐車場はあっちやで。こっちからと反対。あんたさー、もともと地図をクルクル回しながら見る人やんか。もしかして右ってこっち側ちゃうの?」

夫の指指す方に歩いていくと見覚えのある店構えが!!

あった!やっぱりギラギラしてないお店であった。

11時を少し回った開店間もない頃だと思われるのに、すでに自分たちの前には4組ほどの人たちが並んで待っていた。

一つ前に並んでる男性が大層グルメなお方のようで、連れの若い女性2人に向かってこれでもか!これでもか!!ってくらいクドクドとここの蕎麦屋の話をしているのが耳につき、ずっと聞いていたのだが、もううんざりであった。

「ここね、以前も来たのよ。どうしても食べたくてさー。ただね、20組以上の人が並んで待ってたわけ!であきらめて帰っちゃったんだよねー!ほんと今日はラッキーだったよ!ほら!もうこんなに後ろに列が出来ちゃってるでしょ!有名なんだよ!ここの蕎麦屋!ここの蕎麦はさー手打ちでしょ?」

すごいグルメみたいやけどおっちゃんくどいわー。だいたい手に持ってるそのガイドブックなによ!ガイドブックに書いてるとおり読んでるんちゃうか!

いるんだよなー。こういう人。
自分は、蕎麦は大好きであるが、蕎麦という食べ物を使って食通を気取るこのタイプのオヤジが嫌いである。

ようやく順番が来て二階席に案内された。以前来た時より照明が暖色になっていて店内は温かい雰囲気であった。

「皿そば4人前!」注文は一瞬で終了した。

まだかまだかと蕎麦を待つuni家一同である。

待つこと約10分。
どーん!来た!皿そば4人前である。一人前5皿だから20皿である。

初めは麺つゆに大根おろしとわさびと青ネギを入れて食べ、途中から味を変えるのに生卵ととろろも入れて食べてください!とお店の方に教えていただいた。男性、女性ともに60分以内に20皿完食したら認定書がもらえ、1年間は無料で蕎麦を食べさせてもらえるらしい。こどもは15皿だそうである。

余裕だと思っていたが、さずがに10皿2人前を食べ終わるころになるともういいかなと思ったのであった。大根おろしだけならいくらでもいけそうであるが、生卵ととろろが後半、お腹に響いてくるのである。ずっしりと腹にたまってくる感じ。

ドカ弁がチャレンジしたがったが、蕎麦をずっと美味しく食べ続けれるために腹八分目にしといたほうがいいんちゃうか、飽きたらしばらく食べられへんようになってしまうかもしれんよというと、納得してあきらめたのであった。

そこに10人づれの家族が表れてドカッととなりの席に座ったのである。

すると店主がうやうやしくやってきて、大きな木札をその客に渡してこう言ったのであった。

「こちら1年間無料の証でございますね。ありがとうございます!お好きなだけ召し上がって帰ってくださいね!」

なんと、その家族のお父さんは50皿を完食し、1年間蕎麦は無料なのだそうだ。10分以内に食べきれば永久無料になるのだという。

「朝からご飯3杯食べてきたんがあかんかったなぁ。ご飯なしで来てたら10分で食べきってたのになぁ。」とそこのご家族が話していたのが聞こえてきたのだ。

とにかく出石の皿そばは美味しかった。また来たいものである。

そうそう。行きに呼び込みをしていた「ウチの店は鯉が見れるよ!」と言っていたギラギラした店の横には池があり、鯉に餌を皆がやっていた。

ちゃっかりもドカ弁もやりたがった。
皆が持っている餌はどこに売っているのかと探すと、ギラギラの店で鯉の餌を販売中であった。

が、その向かいの店も鯉の餌を販売していると近くにいた男性に教えてもらったので、ギラギラの店ではなく、ひっそりした土産物屋で鯉の餌を買ったのである。

あのように「ここから先は手打ちの蕎麦屋はないよ!」と言ったあのおっさんの店には金を払ってやりたくないと思ったのであった。

伝統の味を守ることに汗を流している質素なお店と違い、設備投資に金をかけ、ギラギラした店を建てるのは勝手であるが、よその店の営業妨害になるような呼び込みをしている品のなさが嫌らしかったからである。

そして鯉の餌を手に皆が池に向かって餌を投げている場所から餌を投げたのであった。ワラワラと餌に群がってくる鯉の群れ。なまずもいた。

我先にと餌を取りに群がる鯉の群れの合間をかいくぐり、石の陰からヌーッと姿を現し、鯉が気づいていない餌をゆっくり味わうなまず。

食い物を前に群れることなく、マイペースで必要なものを必要なだけ食すなまずの姿を見て、こういう自分でありたいと思ったのであった。

美味しい餌にすり寄っていくのは鯉だけではなく、人間も大半はそうなのであろうと思う。しかし、ちょっとした空腹や我慢は最高の隠し味になるのだろうし、飽きない味を維持できるのだと思うからである。

蕎麦のsobaにいるのは誰だ?
なまずの心意気をギラギラに感じた夏の一日であった。

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