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episode9.労災申請

(※ 学校名称や人物は仮名で、役職は当時のものです。)

2017年3月の被害申告時に警察と繋がった後も、木谷さんには連絡を取り続け、近況を報告していた。仕事に就くことができない状態の私に「労災申請という方法もあるかもしれません。」と教えてくれ、労災申請を決めた。労働基準監督署の力を借りて、宮崎県教育委員会、延岡市教育委員会の対応や判断について調査してもらえば、誤った対応や判断を正せるかもしれないと思った。

年が明けた2018年1月11日、労働基準監督署へ向かい、労災申請をしたいと相談した。窓口の担当者から「A教頭の行為によるPTSD発症のため」と記載するよう説明があり、延岡市教委にも提出し、受け付けてもらう必要があると言われた。

1月15日
延岡市教委へ労災申請のための書類を持って行き、書類を提出して待っていると、カウンターに私が来ていることを知らない市教委の職員が「はぁ?労災?!」と大きな声を上げた。その一声で、絶対に労災申請をするんだと固く決心した。

労働基準監督署で対応してくれた職員たちも心情や体調に配慮して聴き取りを進めてくれた。教育委員会へは労働基準監督署の力を借りて組織としての在り方を正してほしいと思っていたが、労働基準監督署の性質上、正すということはできないという説明も受けた。残念な気持ちもあったが理解できた。

そして、警察署での聴取と同じように、自分に起こった性被害と教育委員会からの二次被害について初めから説明する中で、フラッシュバックや過呼吸を起こしそうになることもあったが、労働基準監督署でも「休憩しますか。」「無理しないでください。時間がかかってもきちんと聞きますから。」と言ってもらえた。そして、職場の上下関係や、お酒を飲んでいたかどうか、身に着けている服装で性暴力を許す理由には決してならないこと、性的同意についても正しい認識が社会に広がる必要があることなどを伝えてくれた。

聴き取りの途中、被害の詳細を説明するのが辛くて話すのを止めたくなる日もあった。
もう、これ以上話せないとも思ったが、ここで負けるわけにいかなかった。絶対に労災を申請すると決めた、延岡市教委のカウンター越しに聞いた「はぁ?労災?!」を思い出し、悔しさで私を奮い立たせた。

私は、労災申請申立書 最後の設問「今回の精神障害の発病が業務に原因があると考える理由」について、「組織の管理・運営、教育委員会の指導(法令順守)がきちんと行われていなかったことに原因があり、今回の事件につながったと思います。教育公務員に対する(特に管理職)服務規律の徹底、信用失墜行為の防止、法令順守、綱紀粛正、倫理意識等に関する指導の徹底と研修の徹底を図り、再発防止に尽力するように求めます」と記入した。

2018年の3月を迎える頃には、警察の捜索によるA教頭への取調べにより、私が受けた強制わいせつ行為(※2017年当時)は解決に向けて動きを見せ、そのお陰で、私は気持ちに一区切りつけることができた。

それから間もない年度末、私が事件について打ち明けた第一小学校勤務の森先生と田中先生は、突然僻地への異動が発表された。勤務年数による異動対象でもなく、異動願も出していなかった二人。

私が二人に被害を打ち明けたと教育委員会に伝えたから…?

釈然としない後味の悪い教職員異動に、教育委員会に対する疑念はますます深まった。

労働基準監督署では被害を受けた立場の気持ちに寄り添って手続きを進めてもらえたが、申請はやむを得ず途中で取り下げることになった。申請を取り下げることは納得したが、教育委員会から受け続けた二次被害について納得できることは何一つ無かった。教育委員会から放置され続けることで不信感は募り、怒りや悔しさは日に日に増していくばかりだった。

後に、2020年3月11日付で宮崎労働局から開示された保有個人情報(労災申請に係る書類や取り下げるまでの調査復命書)には、教育委員会の今回の事件に対する意見等も記されていた。

2018年2月28日 
宮崎県教育委員会から延岡労働基準監督署長へ提出した報告書では

P.3  2017年5月8日
「懲戒処分には至らない」との県教育委員会の判断を、延岡市教育委員会に伝える。

P.6
被害申告されたのが、事案の一年後であった。申告後、市教育委員会、県教育委員会が合計二回にわたり、当該者双方への事実確認を行った。しかし、事案当日、アルコールが入った状態であったこと、事案発生後一年が経過していること等から、双方の記憶が明らかでない部分があり、双方の主張には大きな齟齬があった。また、第三者のいない空間での事案であり、双方の主張を証明するものの存在はない。よって、明確な事実を確認することはできず、県教育委員会として懲戒処分には至らないと判断した。

P.7
②前校長によると「*黒塗り」との証言を得ている。加えて、事案発生後、男性から請求人に対し、身体的・心理的負担をかけた事実は確認できていない。そのため、本事案と直接的な因果関係を証明することはできない。

③請求人は、「災害の原因及び発生状況」に「教材研究をしている時に」という記載をしている。しかしながら、男性側は、「*黒塗り」との主張を行っており、(黒塗り)を確認することはできない。また、請求人の申立及び聴き取りにおいては、次のことが明らかになっている。

〇本事案は、日曜日のプライベートな時間及び場所においての出来事であること。
〇*黒塗り
〇請求人は「話が気まずくなった時のために」と教材を自主的に持参したと主張しており、教材研究が目的ではなく、個人的な飲食が目的の会合であると主張していること
〇請求人の業務については、別添「勤務条件通知書」の「勤務時間、勤務時間外」にも示すとおり、「時間外勤務無し」の条件で雇用されているため、時間外勤務は発生せず、請求人が主張する「時間外の教材研究」は勤務ではないこと。

また、労働基準監督署と宮崎県教育委員会との通話記録より

2018年1月23日
相手: 宮崎県教育委員会 学校人事担当
先ほど言った通り、本人訴えあったのが一年後。また昨年3月末で退職したが、その際に病気等の訴えは何もなかった。昨年10月に診断書が出ていて、こちらとしても困惑している状態である。言い分が食い違っており、事実関係が分からないため、本人にはその旨を伝えて、労災請求書には証明しなかった。
当時調査を行った内容の書類については、本人からも開示請求があったが、個人情報なので黒塗りで出した。監督署からの依頼分についても同様のことになると思われるので、出すことは難しい。

2018年1月26日
相手: 北部教育事務所
当時の職員について異動しているものが多く、実際のところ、確認が難しい状態であることから、不明という形でもよいか。(※被害を打ち明けた近しい職員二名は僻地へ異動となった)

2018年4月13日
相手: 宮崎県教育委員会教職員課
請求人の労災申請の件だが、請求人が労災を取り下げたという話を聞いたのだが、そうなのか。(どなたからお聞きになったのですかと、労働基準監督署の担当職員が尋ねると、少し言葉を濁し)「相手側の弁護士から労災は取り下げとなったと聞きました。」と連絡があった。
(担当職員が現時点では取り下げとはなっておりませんと伝えると「現在の状態はどうなのか」と県教委職員課の職員が尋ね、「確認中です。」と伝えて電話でのやりとりを終えた。)

とあった。

被害申告した直後に「概ね一致していた」はずの双方から教育委員会が聞き取った事件の内容は、だんだんと「言い分が食い違っていて」「大きな齟齬」があることに変わり、A教頭からの聴き取りでは、教頭宅で1時間ほど行った教材研究も、行なっていないことになっていた。

教材研究をしていたとしても「話が気まずくなった時のために」と教材を自主的に持参しており、教材研究が目的ではなく、個人的な飲食が目的の会合である。私の業務については、「時間外勤務無し」の条件で雇用されているため、時間外勤務は発生せず、「時間外の教材研究」は勤務ではないと主張していた。

また「事案発生後一年が経過していること等から、双方の記憶が明らかでない部分があり」とあるが、私にとっては記憶から消したくても消すことのできない事件で、鮮明に覚えている性被害の事実として重要な部分を書面にまとめて教育委員会へ提出していた。

宮崎県教育委員会、延岡市教育委員会にとって、非常勤講師だった私は、ねじ伏せるには何でもない、無かったことにできるものとされているようにしか思えなかった。

教育委員会に被害の事実が伝わってないのでも何でもなく、組織にとって都合のいい解釈をし、都合のいい処分を下し、組織を守っただけだった。

そして、被害を申告してからここまでの教育委員会の対応は「信義誠実の原則に則っているとは言えず不適切だが、違法とまでは言えない」と、後の係争の中で裁判官から伝えられることになる。

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