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熊の惑星(2023年流行語大賞より)

20XX年。巨大宇宙船アーバンベアは建造者であるジョンソン博士率いる一万人の乗組員を乗せて、地球沸騰化により荒廃した大地を後にした。彼らは漆黒の宇宙に未来を賭けたのである。
しかしその直後、船内で男たちが次々と蛙になってしまう蛙化現象が発生。約4年経過した今、乗員はほとんど女だけとなっていた。

「王手飛車取り」
セーラー服に腕章を巻いた女が冷たく言い放った。薄暗いバーで酒を飲みながら横目で対局を見ていた客たちに緊張が走る。相手の少女は俯き、震えている。
「投了?それとも最後までやりたい?」
少女は何も言えない。
「連れていけ!」
同じ制服の女たちが首振りダンスをしながら現れ、少女をどこかに連れ去っていった。
学校の新しいリーダーズだわ…」
「こんな時、あの人がいてくれれば…」
「しっ、聞かれるわよ」
セーラー服の女が客の一人をじろりと睨む。
「あなた。対局したいの?」
睨まれた女は小さな声で「いえ、私は観る将専門ですから…」と言うのがやっとだった。
その時、店の隅からよく通る澄んだ声が響いた。

「まあ、美味しそうな合成肉!」
チェックのネルシャツを着た金髪の女が、今まさに目の前のハンバーグにフォークを突き刺そうとしていた。
「お客様、お待ちください」
店員がペッパーミル・パフォーマンスを始めた。
「もうこの船に胡椒はありません。これでお許しください」
「知ってるわ。それもこれもあの愚かなジョンソンのせいね」
するとどこからかリーダーズが現れ、金髪の女を取り囲んだ。
「船長への無礼な発言。聞き捨てなりませんね。私と一局指していただきましょうか」
「望むところよ」
再びバーの真ん中に将棋盤が据えられ対局が始まった。
「さあみんな、今日は声出し応援OKよ!」
ジェニファーが煽るとバーは喚声に包まれた。

リーダーズの女が長考に入って20分。
今や店内は静まり返り、食器の触れ合う音さえしない。
女は上目遣いでジェニファーを見て何か呟いた。ジェニファーは読唇術でそれを読み取った。
「私は鈴鹿。ぜひ船長に会ってほしい」
ジェニファーは動揺に気づかれぬよう眉間に皺を寄せた。
「3年前、私の愛する人は蛙になりました。自暴自棄になった私はある闇バイトに手を出し、そこで蛙化現象の原因を知ったのです。船長はかつて恋人だったあなたに捨てられた絶望から、男女が相思相愛になると男が蛙になるという恐ろしいウイルスを作り、船内に撒き散らしました」
鈴鹿は歩を指した。
「地球の秩序は回復しつつあります。なのに船長が帰ろうとしないのはウイルスのことが明るみに出るのを恐れているからです。私は船長に復讐し皆を地球に帰還させるため、船長とあなたが再び愛し合うように仕向けたい。そうすれば船長は蛙化し私たちは船を奪えます」
「私にどうしろと?」
「対局に負けて、船長に会ってください」
ジェニファーの目が微かに泳いだ。
「あなたはとても残酷なことを言っているわ」
「承知しています」
ジェニファーは明らかな悪手を打った。
「そんな・・・」
「なにやってるの!」
怒号と悲嘆の声が上がる。
「投了します」
よく通る澄んだ声が毅然と宣言した。リーダーズに左右の腕を掴まれたジェニファーは、罵声を浴びながらバーを後にした。

「船長。ジェニファーを連れてきました」
鈴鹿が報告すると、ジェニファーは甘い声で囁いた。
「ジョンソン愛してる。もう一度やり直しましょう」
ジョンソンは彼女を見もせずに言った。
「貴様らの考えはお見通しだ。ジェニファー、君には生成AIと対局してもらう。負けたら収容所送りだ」
大型スクリーンに将棋盤が映し出された。
「出でよ。OSO18!」
巨大な3Dホログラムの羆が現れ、咆哮した。鈴鹿が叫ぶ。
「気を付けて!奴が穴熊囲いを完成させる前に速攻するのよ!」
しかし、OSO18は瞬く間に穴熊囲いを完成させ、ジェニファーの陣地に猛攻を仕掛けてきた。
「もうだめ、ジョンソン助けて!」

「だめだゲロ。貴様らは収容所送りゲロ」
見るとジョンソンの体は蛙になりはじめていた。
「ジョンソン!」
「ジェニファー、愛してるゲロ・・・」
「これで帰れる」
鈴鹿が虚空を見つめて呟いた。

アレを見て」
「地球よ!」
4年ぶりね」
歓喜に包まれる宇宙船のデッキで、ジェニファーは大きなガマガエルを抱きながら、涙で滲む青い惑星を見つめていた。