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消しゴム

彼女はミスに気づき、議事録の上を消しゴムで軽く擦った。すると跡形もなく字が消えた。彼女は消しかすをさっと払った。

上手に消しゴムを使える人に憧れる。そういう人は大体字も綺麗だ。私は昔から消しゴムの使い方が下手だった。筆圧が高いから何度も力ずくで擦らないと消えない。しかもミスが多い。そうこうしているうちに消しゴム自体が黒くなってくる。手も黒くなる。書いたり消したり繰り返すたびにノートが薄汚れる。先日、駅前のビルが解体されて隣の雑居ビルの壁が現れた。私のノートは全体的にその壁の色のようだった。絵も好きでよく描いたが結果は同じだ。私は自信喪失した。

ある時祖父にこの悩みを相談した。祖父はいつものように悟りきった表情で遠くを見つめ、言った。

「消しゴムの使い方が下手なのは、頭がいい証拠だ」

以来三十数年、そんな説は聞いたことがない。しかし、このしょうもない誉め言葉に何度か救われてきたのも事実だった。