ひと泡吹かせろ!(流行語大賞2021より)

「今どき新年会の余興で『巌流島の決闘』って何なの?俺たちZ世代だよ。なに世代の話よ」と熊谷が言った。
「おうしは選へないはらな」と鈴目が言う。牛丼を食いながら喋るので聞きづらいが「上司は選べない」と言ったらしい。
「親ガチャならぬ上司ガチャだな。しかもお前が演る佐々木小次郎って負ける方だろ?」
「おう。あからあいつらにいとあわ吹かせてやるんだ」
横のおっさんが二人を睨む。熊谷が鈴目を肘で突いた。黙食、黙食。その牛丼は一杯1500円だった。二人は「ぼったくり男爵かよ」と心の中で呟いた。

外は快晴だったが冷たい風が吹いていていた。街にはだいぶ活気が戻っていた。二人は人流に押し流されるように駅に向かい歩いた。

熊谷が聞いた。
「どうやってあいつらにひと泡吹かせるんだ?」
「小次郎を勝たせるんだ」
鈴目は台本を用意していた。
「最後の決闘の場面。遅刻してきた宮本武蔵に佐々木小次郎が言い放つ。『遅刻する奴は減給だぞ!』。怯む武蔵。そこで小次郎は二本の刀を抜き、武蔵をゴン攻めする」
「え?武蔵が二刀流だろ?」
「違う。武蔵は舟の櫂(かい)で闘うから正確には『二櫂流』だ。こっちはリアル二刀流だ」
「なるほど」
「佐々木小次郎勝利。そして決めの一言『イッツ、ショータイム!』」
「それ先に言うんじゃね?」
「気にするな」
こうして新年会当日を迎えた。

巌流島の決闘の場面。宮本武蔵が遅刻してやってきた。
鈴目演じる佐々木小次郎が叫ぶ。
「遅刻する奴は減給だぞ!」
「うっせぇわ!」
女の声だった。小次郎があからさまにうろたえた。
「す、杉村さん!」
宮本武蔵は皆んなの憧れの先輩杉村佳恵さんだった。
「え、なんで女の人が?百歩譲って小次郎が女なら分かるけど…」
「ジェンダー平等じゃい!」
杉村佳恵は北海道出身なのになぜか広島弁で怒鳴り小次郎に襲いかかった。
「イッツ、ショータイム!」
小次郎はビッタビタに叩きのめされた。
「トドメじゃ!喰らえスギムライジング!」
「わー杉村さん!役を忘れてますよ-!」
会心の一撃が決まり、佐々木小次郎は舞台上にひっくり返った。
暫くして小次郎がゆっくり立ち上がり、言った。
「杉村さん、結婚してください!」
「いいよ」

熊谷の前にいた川崎部長がビールを吹き出した。熊谷のワイシャツはびしょ濡れになった。