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ディナーの最後に出されたデザートのお味は?――nuance(ヌュアンス)『brownie』

9月16日、ヌュアンス新アルバム『brownie』が発売された。前々作『town』と前作『botän』からなる「街三部作」の最後の作品である。

『town』は架空の街での物語で『botän』はそこから抜け出して「新しい自分を見つける」というコンセプトが明確に感じられた。しかし、今作は一聴しただけではコンセプトが伝わりづらく、ややボンヤリとした印象だった。8月30日にサブスクで先行配信された音源を、何度か聴いた自分の感想は――

上記のツイートにあるように聴き疲れしないとか、スルメみたいな作品だとか書いているが、裏を返せばインパクトが少なくて、何度も聴き返さないと作品としての良さをあまり感じることが出来ないという感想だった。

ただし『botän』のときは、アルバムについて色々と考察しようという気持ちにはなれなかったので、このnoteを書いている時点で、前作よりも自分好みの作品なのは確かだ。

■収録曲について

ライブ配信で、アルバムから一番最初に披露された『sekisyo』という曲がとにかく凄くて、他の曲が弱いと感じてしまうほどだった。どの国の音楽なのか分からないイントロのメロディに「関所の門くぐるには」というユニークな歌詞の出だし。なのにサビは「一緒にいたいよダーリン」というベタさ。その落差にノックアウトされた。こんな曲ばかり入っているアルバムなのか・・・と勝手にハードルを上げてしまっていた。

メロディがまさに志賀ラミー節の『ヌューミュージック』とにかく「i」の韻の踏み方が気持ちよい『ai-oi』歌謡曲の要素を前面に出した『悲しみダンス』前作にもあった大人数グループ感ある爽やかな楽曲『初恋ペダル』1stアルバムに収録されている『Love chocolate』以来となるクレイジーケンバンドの小野瀬氏が作曲した『8月のネイビー』など、どの曲も魅力的なのは間違いないのだが、どうも過去作と似たような曲調が多いと感じてしまった。

■アルバムタイトルについて

前作『botän』のタイトルには、二重三重の意味が込められていたので、フジサキ氏の「アルバムタイトル『brownie』に大きな意味はないです」という言葉に拍子抜けしてしまった。自分はタイトルが発表になったとき、これは関内と関外を分ける関所(sekisyo)にある橋を設計したリチャード・ブラントンと関係があるのではないか?と思ったり、横浜元町にある老舗フレンチレストラン「霧笛楼」にある「横浜煉瓦」というブラウニー系のお菓子からヒントを得たのでは?と思ったりしたのだが・・・ちなみにアルバムジャケットに写っているお菓子は、表面部分の見た目が違うので霧笛楼とは別のものであろう。

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■コロナウイルスがアルバム制作に与えた影響は?

先のフジサキ氏のnoteの最後の部分には、こう書かれていた。

誤解を恐れず言えば(part2)COVID-19がなければ“鳴らせなかった音・言葉・表現”。すごく柔らかく包んでくれるアルバムです。僕と嘉風は完成した音を聴いた時に泣きました。(中略)~こういうアルバムができて『街3部作』が完結して、整ってジャンプできる。次のターンにイケる。嬉しみ。

このアルバムの制作時期は「EASTワンマン(3月10日公演)の時でも全然できてなかった」とも書いてあるので、まさにコロナウイルスによって世の中が自粛真っ最中の頃だと分かる。「すごく柔らかく包んでくれるアルバムです」という部分から『botän』のような新しいことにチャレンジするようなアルバムを作る気分には、作り手側もなれなかったのかもしれない。

そして、我々の手元に作品が届くまでのタイムラグによって、聴く側とのズレが生まれたのではないか?と感じた。アルバムが発売された9月中旬現在は、コロナ以前の日常を取り戻そうという空気が世の中に流れ始め、イベント類もキャパを制限したうえで開催したり、数か月前とは明らかに変化している。「この先いったいどうなるんだろ?」と、世の中全体の気分がドン底だったときには、その「柔らかく包んでくれるアルバム」がちょうどよかったのかもしれないが、今の気分ではやや物足りないと自分は思ってしまった。

■最後のデザートのお味は?

「こういうアルバムができて『街3部作』が完結して、整ってジャンプできる。次のターンにイケる。嬉しみ」という文章から感じるのは、『brownie』は単体で評価するアルバムではなく、あくまで『town』『botän』と続いた三部作を完結させるための作品で、それ以上でも以下でもないアルバムなのかもしれない、ということだ。そこで新しいチャレンジはする必要もなく、それは次のターンである次回作以降で行っていくのであろう。

しかし、CDの帯には「キミが思うより、もう少し 複雑だよ?」と『Love chocolate』の歌詞が引用されている。今まで書いてきた自分の感想がひっくり返るような、普通に聴いただけでは分からない意味や仕掛けがあるのかもしれない。本来ツアーファイナルだったゼップ横浜から始まるツアーで、その答え合わせが出来るのかも。

前菜に『town』メインディッシュに『botän』という「街三部作」のディナーの最後に出された『brownie』は、優しいながらも何か物足りない後味を残したデザートだった――

■総論

ヌュアンスのニューアルバム『brownie』は、インパクトや新しい試みを全面に出している作品ではない。ただし、それは「街三部作」を完結させるための起承転結で言えば「結」の役割だからだ。また、制作期間のコロナ禍の影響も、尖った作品にはならなかった要因の一つだろう。

なので、全体的に良くも悪くも引っ掛かりが少なく、聴き疲れせずに繰り返し楽しめるアルバムにはなっている。過去二作品とは違う魅力があり、自分は嫌いになれない不思議な作品だった。

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