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Were Wolf BBS ShortStory _かしこいこども

 月も星も見えない真っ暗な闇夜。
 私はそんな夜が大好きだ。
 行商人に化けてこの村にやってきて運良く仲間に出会え、今日までたくさんの人間を食べた。仲間達は結局吊られてしまったけれど、それでも私はまだ生き残っている。
 さっきヨアヒムを吊ってしまったから残りは三人。私とリーザとトーマス。
「リーザ、今日からどこで寝るかみんなに内緒だから。だって見つかったら狼に食べられちゃう」
 ゲルトが襲われた日からそう言って、毎日あちこち隠れて眠っていたリーザ。そういえばリーザはおとぎ話が大好きで色々な本を持ってきては宿屋で読んでいた。
 でもね、人狼である私は全部知ってる。
 サンドリヨンのように火の消えた台所で灰まみれになって眠っていたのも、神をもてなした敬虔な老夫婦のように藁の上にシーツを敷いて眠っていたのも全部知ってる。
「ふふっ、ほらほら亜麻色の髪が見えてるよ……」
 今日は七匹の子山羊のように時計の裏。
 そこにシーツを持ち込んで、狼が去るのをじっと待ってる。

 毎日リーザを食べたいと思っていた。それをあえて今日まで我慢していた。
 そういえば、ペーターを食べたときも蕩けるように美味しかった。残念だったのはその時は仲間がいたので、満足するほどたくさん食べられなかったことだ。
 でも今は一人……一人で心ゆくまでリーザを味わえる。きっと流れる血は上質のワインのように甘く、その心臓もどれほどの物かと考えるだけで心が躍った。
 肉に添えるのは恐怖のスパイス。
 眠ってるところをそっと起こし悲鳴も上げられないほど絶望させ、その凍り付いた表情に満足しながら爪を立てる。
 柔らかいリーザの皮膚を破るのは簡単だ。爪をちょっと立てるだけで殺すことが出来るだろう。わざと軽く傷を付けて恐怖に怯えながら逃げ回るのを見るのもいいが、そんな事をしてせっかくの美味しい血が少なくなってしまうのは困る。大体それはカタリナを襲ったときにやってしまった。思い出すと背筋がゾクゾクするほどだが、今日は静かに食事を楽しみたい。

 残したトーマスはどうするか。
 今日トーマスを襲ってそれからゆっくりリーザを食べることも考えたが、トーマスの肉は固そうだし襲ってもあまり楽しくなさそうだ。この村に来たばかりで飢えていたときなら、ゲルトだろうが誰だろうが良かったのだが、生憎飢えは満たされている。
 今日の狩りは最後に取っておいたご馳走なのだ。
 リーザを心ゆくまで味わってから、トーマスを殺したって遅くはない。何だったらトーマスはわざわざ食べなくてもいい。顔を見られているし、生かしておくと厄介だから殺しはするがそれだけで充分。
「飢えていた最初に食べておけば良かったか?」
 いや、そんなことはない。最初に排除するのは生かしておくと面倒な奴。
 トーマスは別に生かして残しておいても問題がなかった。今日だってヨアヒムを処刑することになんの疑いもなく賛成したじゃないか。その選択が、間違いだったことにも気づかずに。

 私はリーザを起こさないように、そっと時計の裏に回る。
 リーザはシーツを被ったままぐっすりとよく眠っている。
 さあ、子山羊のように美味しく食べてあげよう。
 でも私はおとぎ話のように丸飲みになんかしない。腹を切られて石を詰められるのはごめんだ。ちゃんとよく噛んで、全部味わってあげる。
 流れる血も、軟らかい肉も、小さな心臓も全て美味しく食べてあげよう。
 狼に怯えるのもこれで終わり。
 おとぎ話と違うのは、全部狼に食べられてめでたしめでたしって事だけで……。

「アルビン、貴様が人狼だったのか」

 私はその声に慌てて振り返った。
 そこにはトーマスが手斧を持って立っていた。衣擦れの音に目を向けると、よく眠っていたはずのリーザがシーツを剥いですっくと立っている。
「何故……これで終わりのはずだったのに」
 私は呆然とした。その私にトーマスは手斧を真っ直ぐ突きつけ、厳しい声でこう言う。
「それは俺が狩人だからだ。今日襲うなら俺にするべきだったな」
「どうして、狩人だと昨日告白しなかったんですか?」
「ヨアヒムかお前が人狼だと思っていたが、俺には区別が付かなかったからだ。ヨアヒムにはすまない事をしてしまったが」
 私は血の気が引いたままリーザの方をチラリと見る。
 リーザは私を見ながらにっこりと微笑んでこう言った。
「アルビンさん、おとぎ話はもう終わりだよ」

 トーマスと二人で、リーザは村人や人狼の墓に花を添えていた。そんなリーザを見ながら、トーマスはあの夜のことを思い出す。
 あの日……毎日黙って隠れに行くはずのリーザが、自分の耳元でこう言ったのだ。
「今日は時計の裏で寝てるからね」
 リーザは自分が狩人だとは知らなかったはずだ。なのに何故……。
「なあリーザ、どうしてあの時俺に寝る場所を教えたんだ? もしかしたら、俺が人狼だったのかも知れないのに」
 トーマスがそう聞くと、リーザはにっこりと笑いながらアルビンの墓の上にちょこんと座った。
「どうしてって? だっておとぎ話で食べられるのはいつも子供だし、主人公を助けてくれるのは木こりの人が多いし、悪い人は商売をしてる人が多いからだよ。誰が狼か最後まで分からなかったから、リーザおとぎ話を信じてみたの。それで間違ってたら、おとぎ話は嘘ばかりでしょ?」
「……」
 そうだった。おとぎ話で悪に打ち勝つのは頭の切れる子供。
 狼の嘘に騙される何も知らない子山羊ではなく、リーザはそれを逆手に取って狼を退治する知恵があったのだ。
「トーマスさん、これからもリーザのこと守ってね。そしたらきっと良いことがあると思うの」
 リーザはいつか本当に金の靴を履くかもしれない。
 ひょいと墓の上から降りてころころと鈴が転がるように笑うリーザを見ながら、トーマスは困ったように頭を掻いた。

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