精霊
前回の『蜻蛉』を投稿した後すぐに、緑色のイトトンボに出会いました。かすかなかすかな氣配に目をやると、か細い体がベゴニアに止まっていたのです。昨年の秋に知らぬ間に家の中にいた黒いイトトンボとは違い、極端に目の大きい子です。室内では突然の羽音に驚かされて存在を知ったですが、今回は居るとは知らずにいきなり近寄ってしまったのに、微動だにせず葉っぱに同化していたのを感じ取ったのです。子供の頃に何かを発見したときのような懐かしい氣持ちがしました。昆虫界・植物界と同化して自分もそこに存在しているといった感じです。
そして数日前、玄関の外でわずかな音がしました。何かが軽くドアに当たっているような風のような音です。以前もかすかにドアに何かが当たるような音がした時に、ドアを開けて何かいるのかと撮影してみると、白い霞のようなものが移動しているのが写っていました。時折動画に写る私が妖精と呼んでいるものです。別の日にはセセリチョウがドアに体当たりをしてそのような音をたてているのを見ました。
今回はどんな存在なのか…しばらく様子をみていましたが、音はやみません。そっとドアを開けましたが何も見えません。ではまた妖精かなと思っていた時に、ふと上を見ると隣の家との境に黄色い彼岸花(曼珠沙華)が咲いているのが見えました。少し前に赤い彼岸花に氣づいた時には咲いていませんでした。まるで今日咲いたと知らせてくれたようでした。
そして思い出しました。以前近所に華やかな八重の花の咲く梅の木がある家があって、毎年楽しみにしていました。ある年梅のことは氣にせず素通りをしました。すると一度も吠えられたことがないのに、そこの家の犬に吠えられたのです。その家と私の間には車道があって、すぐそばを通ったわけではないのに何故と思ってそちらを見ると、見事に梅が咲いていました。まるで私が梅を楽しみにしているのを知っていて知らせてくれたようでした。その子とは挨拶をしたこともなかったのですが、私が梅に氣づくと吠えるのをやめたので、やはり教えてくれたのだと思いました。思わずお礼を言いました。そして次の年その梅の木は切られてしまったので、その花を見たのはその時が最後になりました。いつしかその犬も見かけなくなり、今では別の家が建っています。
このことを思い出して氣づいたのです。そんなに強くではありませんが、「毎年黄色いのも咲くのに今年は咲かないのだな」と思っていました。だから教えてくれたのですね。まさかドアを叩いて教えてくれるとは思いませんでしたが。氣づいた後はドアから音が聞こえることありませんでした。
サンスクリット語で「天界の花」を意味するという曼珠沙華が、普段は全く忘れている記憶を甦らせてくれて、さらに植物界との繋がりを強化してくれたのかもしれません。最近の私は器官としての目を使い過ぎていたのです。もっと精妙なエネルギーを感じ取る瞬間を大切にしたいものです。
では、また。ごきげんよう。
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