unikki: つるむらさき

茹でた蔓紫の匂いがする。夏の終わりだ。
蔓紫は今では年中食べられるけど、夏が旬で、さっき浴室に入る前に、母が茹でないとと言っていた。風呂が空いた事を母に伝えようと扉を開けたら蔓紫の茹った匂いがした。
最近、というか最近まで、台風がたくさん来ていた。どれも長くは東京に滞在していなかったし、直撃はしなかった。掠めて行くだけ。それでも風は強くて、夜は雨戸を閉めて寝た。ゲリラ豪雨もそれなりにあった。どんなに風が強くても雨が強くても虫の音はして、そうすると、ああ時間の流れが違うのだなと感じて、それから安心した。体の大きさが違えば時間の感じ方も違う。そういえば虫には心臓、あるのかしらと携帯で調べたら、心臓のようなものはやはりあって、体液を循環させるポンプの役割りをしているらしい。人と変わらない。
窓を開けて外の音を聴きながら風呂に入る。雨の日のお風呂は特別で、水が屋根や木や植木鉢に当たる音を聴きながらたっぷりと水の入った浴槽に浸かると、水が全身に行き渡るような、力が満ちて行くような感じがする。今日は雨、降っていないけど、最近のことをあれこれ思い出しながらちょっとゆっくりめに入った。
風呂場を出て、髪を乾かし、琺瑯に入った蔓紫をみにいく。台所では換気扇が回っているから、髪を乾かす間に随分と匂いは薄くなっている。顔を近づけるとよく匂った。
壁を支えに逆立ちをする。三点倒立。居間にも、蔓紫の匂いがほんのり残っているような気がする。どうやってここにきたのか。さっき嗅いだ匂いが鼻に残っていたのかもしれないし、願望なのかもしれない。扇風機が回っている。逆様だ。じんわり汗が滲んでくるのを感じながら、遠のいていく匂いのことを想った。
(高橋由佳)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?