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納棺の現場から「自己肯定感」(無料記事)

36歳の女性の納棺をしました。
ガンでした。
体は痩せ細り、髪の毛は伸びっぱなし。黄疸が出ていて、全身黄色くなっていた。


幼い子供が2人いて、どちらもキャッキャと、久しぶりに会ったのだろう、親戚と思われる人たちと遊んでいた。
喪主さんは旦那さま。淡々と、事務的に対応してくださいました。


こういった、若い方の納棺は悲しみが深いことが多いです。
なので、時間がかかりがちなことを想定するものなのですが、お近いご家族は皆、無表情に淡々とお清めをしていた。

わたしは、「お棺にお入れするもののご用意はありますか?」といつものようにたずねた。

すると喪主さまは

「ありません。ただ、この服を着せてやってください」

と、ワンピースを渡された。ブランドを見ると有名なお高いもので、大切に保管されていたことがわかる綺麗な状態だった。


身体は死後硬直が解けて丁度よく動く状況だったので、すんなりとお着せ替えが済んだ。
わたしは黄疸を隠すお化粧を施した。髪の毛は、軽く梳いただけでたんまりと抜けてしまう。
事情を話して、シャンプーをお断りした。多分シャンプーしたら髪の毛なくなってしまう。
棺に入れるものはない、と言っていたが、一冊の本が枕元に置いてあった。


「自己肯定感を上げるワークブック」


本は、棺に納めて欲しいと言われたら、中を開いて、燃えやすいように空気穴をつくります。
ページを丸めるので中身が見えるのですが、なにも言われなかったのでそのまま置いておいた。

36歳、2人の子供、ガン、自己肯定感。
これが引っかかって仕方なかった。


病床に臥せりながら、この方はどんな思いでこの本を読んだのだろうか。
ガンで、先が長くないとおそらくわかっていて、それでもなお、自己肯定感を求める。
自分はありのままでいい。自分を好きになる。
この人は、余命いくばくない自分をそのまま受け入れ、愛したかったのだろうか。
わたしにはわからなかった。

ノートの中身を見ることができれば少しは理解できただろうけれど、見ることはできなかった。


自己肯定感を上げれば、ガンで闘病する自分を愛することができる。
藁にもすがる思いで買ったのだろう。


絶対元気になる。それでまた楽しく家族と過ごす。
ガンなんてどうということない。治るんだから。わたしはわたしで充分、大丈夫なんだから。


想像することしかできない。

そして、淡々とした家族。彼らからは「覚悟」を感じた。
思い出話もし尽くしたのだろうか、よくある「あれが好きだったね、あれ入れてあげようか」といった会話もない。
納棺も作業のように無表情で行なっていた。覚悟をしていく段階で、悲しみ尽くしたのだろうか。
お父様と思われる方は、納棺も手伝わず、別室でぼーっとテレビを見ていた。結局、誰一人として泣かなかった。


お棺の中は、飾り気なく真っ白になった。
わたしは、自己肯定感の本、入らなくてよかったと思った。
未練になってしまうと感じたからだ。


ガンと自己肯定感の合間でどれだけの葛藤があったか、私にはわからない。ただ、その本が彼女の自己肯定感を上げてくれ、自分に納得し、自分を愛して、その上で旅立っていったと信じたい。願いたい。願うことしかできない。

そして、自分も彼女と歳が近く、幼い子供を持つ身として、地に足をつけて自分を愛せるようになりたい。
そう思わされた納棺でした。

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