三題噺 「しもやけ」「薔薇」「雪」

 薔薇にはとげがある。
 それは我々に、きれいなものにはとげがあるという言説を抱かせる代表的なものであるといえる。

「薔薇にはとげがある。そして、我々にはことばがある!」
「それって、きれいなものにはとげがあるってことでしょ。急に何です。人間がことばを持つのは搾取を防ぐためってことですか……ん、あれ、結構的を射てるな」
「おまえはまた事故献血か。まったく悪い癖だぞ、有枝」
「そういうせんぱいはまた間違えてますよ、それを言うなら自己完結です。って、自己完結野郎で悪かったですね、性分なんですー」
「そう、自己完結。おまえそれで友達いないのに、よくひとりぽっちにならないな。性分とかいってないで、さっさと自己革命しろよな。いつまでもおまえのせんぱいが優しい顔をしてると思ったら大間違いだぞ」
「ぽっちて……せんぱい、やさしいかおしてますか? ほんとうに?」
「んんんっ。おまえは有る枝で、有枝でだからぴったりだろう」
「話を戻すんじゃありません。というか、それだとあるのは枝であって、とげじゃないですから」
「枝もとげもそう変わらんだろ。本体に生えてるんだし」
「違うでしょ。腕と毛くらい違いますよ」
「毛ってなんだ。髪の毛か? ……どっちでも悲惨だな……」
「何を考えたのかだいたい想像がつきますけど、違いますからね。万人にとってのグロでも、一部の人にとってのグロでもないです。毛っていうのは、とにかく毛です。腕に対する毛なら、腕毛ですよ。ゾウとありくらいちがいますって」
「ゾウと蟻は比べるもんじゃないだろう。種族も、大小の基準も別物なんだから」
「それを言ったら枝ととげも、そもそも薔薇と人間も別物ですよ。せんぱいがはじめた話でしょう、逃げないでください」
「おまえもしつこいやつだな……」
「そもそも、なんで薔薇の話なんて始めたんです。あんた、薔薇嫌いでしょう」
「うん嫌い。見飽きることにも飽きたからな。でもなあ、それが、ちょうど与太ニュースをみたところで。薔薇でしもやけっていう」
「薔薇でしもやけ? なんですかそれ。ありえないでしょう。植物がにんげんを低体温にするくらい冷たいことないでしょ。というかそもそも、植物って人間が無意味に触っていると弱りますよ」
「うん、そうだな。でもそれが、人間の体温を奪う薔薇だっていうんだよ。体温を奪われるから、しもやけにもなる。事故防止だろうな、とげみたいな」
「……まあ、与太ニュースですからね。あと、たぶん事故防止じゃなくて自己防衛です。事故防止って、なんの事故です」
「我々がことばをもって防止すること?」
「あんた、結局人間にとってのことばを薔薇にとってのとげだと思ってるんですね。斬新な発想だな……」
「我々にはことばがある、だから距離を取ることもできる」
「だから、なんです」
「触るな」
「……どうりでやけに饒舌だと思いましたよ。最初はたんにしもやけになって痛いから触るなってことかと思いもしたけど。やっぱせんぱい、あんた雪人間でしょう」
「ちがう」
「薔薇でしもやけっていうのは、あんたに触るとしもやけになるってこと。本校の誇る白薔薇っていったらせんぱいですからね」
「ちがう。いやほんとに、白薔薇ってやめろ。だいたいなんでわざわざ色を限定する。そしてなんで薔薇なんだ」
「あんたが白すぎるくらい何もかも白いからでしょ。薔薇っていうのは、豪奢さでしょうね。あんた白いわりに、透け感なくて存在感あるから。言い得て妙だと思いますよ」
「ふ、ふん。おだててもなんもでんぞ」
「水くらいは出るんじゃないですか。雪人間は低体温だし、人の体温を奪って、度が過ぎると溶けてしまう。雪と変わらない。——きれいなものにはとげがある、きれいなものは触ったらいけない、触ったら弱る、あんたはずっと、同じことを言っていたんだ」

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