電子コミック戦国時代に、U-NEXTが“オリジナルマンガ”に挑む理由
U-NEXTは2022年11月にオリジナルコミックレーベル「U-NEXT Comic」の立ち上げを発表。U-NEXTサービス内で先行配信するとともに、各社電子コミックサービスでの展開もスタート。毎月最新話をお届けするとともに、新規作品も続々と展開し始めています。
今回は、このオリジナルコミックレーベル立ち上げに尽力する、マンガ編集事業⻑・松田昌子とマンガ編集事業 編集⻑・川口里美にインタビュー。U-NEXTが「オリジナルマンガ」に挑む理由と、昨今のマンガを取り組む環境の変化を聞きました。
マンガ事業部を立ち上げた二つの理由
——はじめに、オリジナルコミックレーベル「U-NEXT Comic」が立ち上がった背景を教えてください。
松田:大きく二つの理由があります。
一つは、ブックストアの急成長。U-NEXTのサービスの中でも、ブックジャンル売上の伸びは目覚ましく、2019年1月のリニューアルから現在までで売上は8倍以上に。さまざまな電子書籍ストアの中でも、存在感を発揮できるほどの規模にまで拡大してきています。
もう一つはオリジナルIP制作の流れ。NetflixやAmazonプライム・ビデオをはじめ、配信プラットフォーム各社ではオリジナルIPを制作する流れがあり、U-NEXTも準備を進めてきていました。その中で、ブックサービスが存在するU-NEXTならではの取り組みとして、オリジナルIPとして小説・マンガを開発しています。
2020年8月からは文芸小説のオリジナル書籍をスタート。そして、2022年11月に今回のコミックレーベルをリリースしました。マンガはブック機能の中でも売上の9割を占める重要なコンテンツ。ここへの注力は自然な流れでした。
——なぜ、このタイミングでオリジナルIPに舵を切ったのでしょうか?
松田:これは代表の堤さんの言葉ですが、かなり丁寧に機を伺い、準備を重ねてきたと聞いています。これまでとは畑違いな分野、かつ各社本気度も高い中ですから、付け焼き刃で挑めるほど簡単なことではありません。着々と準備を重ね、やっとお披露目できるタイミングになったというような形です。
“ゼロから”だから、本気の覚悟を
——お二人もその「準備」の中でU-NEXTに入社し、マンガ編集事業を立ち上げるに至ったと思います。それぞれ、入社された理由を伺えますか?
松田:理由はU-NEXTの本気度でした。私は前職でもIT企業でWebコミックレーベルの運営に携わっていたのですが、今電子コミックは本当に戦国時代。新興で参入するなんてそう簡単なことではないと身をもって理解していました。
その中でU-NEXTの構想を聞いたので、最初は「本当にやるんですか?」と心配になってしまいました。「マンガからヒットIPを生み出すのであれば数も質も必要。今は原稿料も値上がりの傾向にありますから投資が必要です。また、編集部体制も真剣に整えないと難しいですよ。本当にやる気ですか」と具体的な投資額を提示して堤さんに聞いたくらい。
すると、「想定内。組織も覚悟している」と力強くおっしゃっていて。それくらいの覚悟を持って参入してくる新規のデジタル出版社はそうそうありません。この機会に立ち上げから入るのは相当面白いなと思い入社することにしたんです。
川口:私は「新しい環境でゼロからマンガに関わりたい」という気持ちが大きかったです。前職は伝統的な出版社で、デジタル媒体の立ち上げも経験させてもらったのですが、どうしても紙で培ってきた考え方や慣習があり。そうしたしがらみがない中で、マンガに関わりたかった。私自身「ゼロから何かを作る」ことが好きというのもあり、まっさらなタイミングで入ることも面白そうだと考えました。
また、前職では管理職を務めていたので、純粋にもう一度現場でコンテンツをつくりたいという気持ちもあって。それも叶えられるというのも理由にあります。
——編集部体制の重要性が話題にありましたが、実際どのような体制を構築されたのでしょうか?
松田:現在は編集・進行管理含めて10人のメンバーが所属しています(2023年1月時点)。出自はバラバラですが、編集者はどの方もヒット実績をお持ちの実力ある編集者ばかり。男性向けと女性向けでチームだけ分けています。最初から、ここまでのメンバーを社内に抱えているのは相当希有ではないかと思います。進行管理などバックオフィスも整えて、編集者が編集に集中できる体制を構築しています。
デジタル出版社さんの中には、外注チームを中心に制作をされているところも少なくありません。その方法も理がありますし、U-NEXT Comicでも一部は外部の編集プロダクション様にお願いしています。しかし、例えば腕のある外部プロダクションやフリーランスの編集さんに依頼してヒット作が生まれたとき、それを次に繋げていくためには、社内にも編集としての知見が必要です。
ですからU-NEXTでは、社内にナレッジが残り次につながるようにしたいと考えました。ちゃんと編集部にいいマンガづくりの経験値を溜めたり、共有したりして、レガシーを積み上げていきたいんです。
——組織として、再現性を持って良いマンガを作れるように、と。
松田:はい。先ほどお話ししたように今電子コミックは戦国時代。新興で参入するには、相応のコストやリスクを負ってでも本気で挑まなければ勝ち残れません。
もちろん、事業運営上は大変です。ですが、電子コミックに挑むからには、その覚悟が必要なんです。
変化する、マンガと読者
——度々、「電子コミックは戦国時代」というお話がありましたが、マンガを取り巻く環境はどのような変化が起こっているのでしょうか?
松田:一つは、裾野が広がりました。特にコロナ禍から顕著になったと思うのですが、今までマンガを読んでいなかった人がマンガを読むようになった。
『鬼滅の刃』のブームなどもその一例で。「普段マンガ読まない」という人がマンガにはまっていくという現象をあちこちで見聞きします。その一端には、電子コミックの台頭で1話単位でマンガを買って読むような体験が増えていることもあると思います。
川口:読み手がデジタルネイティブ世代へ移ってきていることも大きいと思いますね。私たちは紙のマンガで育ってきましたが、それを通っていない方が主な読者になっている。これは年代だけの問題ではなく、マンガが好きな、いわゆる“マンガ読み”ではない人たちが読んでくださっているということでもあります。
すると「何がきっかけか」「何が目的か」「どういうモチベーションか」などが人それぞれなので、なかなか読者を捉えにくい。昔は“マンガを好きな人”のことを考えれば良かったのですが、それだけでは読んでもらえません。市場が変わったことで、作り方も変わってきています。
——作り方は、どう変わってきているのでしょうか?
川口:わかりやすい話でいえば、冒頭の作り方が全然違います。
デジタルの場合、初めの3ページほどで、読む/読まないが決まると言われていて。昔は雑誌を購入して読んでいるので、一定は読んでくれていたと思いますが、今はすぐに読むのをやめてしまえる。冒頭の3ページまでに、主要キャラクター、関係性、世界観などがわかるようにして読者の心をつかむ工夫が必要です。
あとは、セリフの量が多いとそれだけで離脱されてしまうので、詰め込みすぎないことも大切ですね。
——なんとなくタイトルの付けられ方も変わってきている印象を受けます。意識されていますか。
松田:そうですね。川口さんがお話ししたとおり、読書体験がどんどん変わっているので。今はザッピングされる前提で考えています。
ざーっと見て、面白そうなタイトルをタップして、数ページくらい読んで、面白くなかったら次、面白ければもう1話——というのが当たり前。そこでつかまないと、土俵にすら上がれないという世界になってきているんです。
業界内の話題ではなく、読者を第一に
——11月のリリースでは、5作品からスタートされました。この並びは意図があったのでしょうか?
川口:ほぼ準備が整った順に近いですね(笑)。でも、「レーベルの顔」というか、レーベルの世界観を体現する作品を並べています。ただ、初期作品で読者層を限定しすぎても良くないので、あまり絞り切らず、バラエティに富んだラインナップになっているかと思います。
松田:「U-NEXTが出すからには、ひとつは映像のコミカライズで、ひとつはドラマ化が決まっていて、ひとつは有名漫画家さんの作品で……」といった並びを想像されるかも知れませんが、そうした「業界内での話題」を我々は重視していないのもあります。
業界の話題を呼んだところで、読者が読んでくれるかは別問題だという考えです。買ってもらえる作品は、本当に面白く、読者にちゃんと届いた作品。だから、我々はプレスリリースを読む人ではなく、U-NEXTでマンガを読む人を重視したいんです。
レーベルを3つに分けたのはその意味もあります。U-NEXTのユーザー層・サービス体験を踏まえてレーベルを分けており、レーベル単位で読者のペルソナを設定。それにあわせて作品を作っています。
——あくまで、読者を第一に考えてレーベルの展開を考えているんですね。
松田:そうですね。面白いものをつくることに、かなり真剣に向き合っているのではないかなと思います。今は、毎月少しずつ追加してラインナップを増やしていく予定なのですが、それをいかに持続させていくか、読者に喜んでもらえるものにしていくかを重視しています。業界内での注目はあとからついてくるのが理想ですね。
——始まったばかりではありますが、今後はどのような展開をお考えでしょうか?
松田:まずは、先ほど申しあげたように、読者に向き合って面白いものをつくる部分に注力します。
その他、展開という意味では映像化は目指していきたいですね。漫画家の皆様も、映像化を期待されている方もいらっしゃると思いますし、オリジナルIPという事業的な背景から考えても、意欲的に取り組んでいきたい。
そのためには、U-NEXTのリソースやネットワークをきっちりと活かしたり、社外を含めよいパートナーシップを築いたりして、IPを育てていきたいと思っています。