禍話リライト「恋人待合」
待合室の話。
Aさんはただの検査入院だったが、入院期間が長く暇だったので待合室でダラダラと過ごすことが多かった。
人間観察なんかをしながら、二日や三日いるといろんな人間関係が見えたりする。あのおじいさん、若い看護師と話したいだけだろ。そんなことを考えながら毎日時間を潰していた。
Aさんはあるときふと気づいた。当たり前だが、待合室にいる人は全員呼ばれていなくなる。Aさんだけは違うので、雑誌を読んでいたのだが。
自分以外にもう一人いる。そういう人が。
その子は大学1、2年生くらいの若い女の子だった。
最初はかなり遠くに座っていてわからなかったが、どうやら彼氏っぽい人と電話で話している。キャピキャピした感じだ。
うわぁ、病院なのに非常識だなぁ。
「ここ病院だからだめだってェ~」
みたいなことを言っていた。
好きって言ってよ、とかそういう類の話を彼氏にされているのかな、バカなカップルだな、なんて思った。その時は。
ところが彼女、定期的にいるのだ。
その日はいなくても次の日にはいる、みたいな。それでいてずっと彼氏と電話をしている。
Aさんはどこか悪いところがあるのかな、くらいに思っていた。
その日は、たまたま彼女の近くに座った。
いつも通り
「だめだってェ~」
と彼氏と電話でいちゃついている様子だったが、
何かおかしい。
というのも、彼女は携帯も何も持っていなかった。
一人で喋っている。
まあ「そういう変な人」なのかもしれないが、ここは心療内科ではない。
近くの人も気持ち悪がって、誰も彼女の隣には座らなかった。
ときどき看護師さんがどこか悪いんですか、と話しかけても、いいんです大丈夫ですなんて言うから、彼女たちも困惑していた。
ただそれ以上の迷惑はなかったために、誰も何も言わなかった。
またある日Aさんは、彼女の真横に座ってみた。
やっぱり携帯は持っていない。イヤホンをしているわけでもない。
相変わらず
「だめだってェ~」
って。
Aさんには、だんだん彼女が可哀想に思えてきた。
空想上の彼氏がいるのかもしれない。放っておいてあげよう、と。
看護師さんに聞いたところ彼女は毎回、受付が全て終わる時間までにはいなくなるのだそうだ。
別の日、Aさんは偶然16時か17時ごろに待合室の前を通った。
受付もとっくに終わり普段なら誰もいないはずのそこに
いた。
彼女は前から三番目あたりの列に座っている。
「だめだってェ~」
ちょうどその時、Aさんは退院が近くウキウキ気分だった。
変な人に近づいてみよう、と失礼かもしれないが、ちょっとした度胸試しをするような気持ちで彼女に近づいた。
すると、普段は隣に座っていても視線さえくれないような彼女が、その日はAさんのことをやけにチラチラ見てくる。
えっ。
なんでこの子は、彼氏にのろけるように
「だめだってェ~ここ病院だから」
なんて口では言いながら、視線だけものすごく自分の方に向けてくるんだろう。
Aさんは混乱した。
頭がおかしいにしても趣旨がわからない。なんなんだこの子。
Aさんは彼女の前の席に膝をつき逆向きに座るようにして、どうしたんですか?と聞いた。
そこで気づく。
今まで顔をはっきり見ておらず気がつかなかったのだが、
彼女は泣いていた。
嬉しくて泣いているというわけでもなさそうだった。
「も~だめだってェ~」
泣きながら言う彼女にいよいよおかしいと感じる。
Aさんは身を乗り出して
「どうしたんですか?」ともう一度聞いた。
彼女はすっ、と自分の足元を指さした。
「病院だからさ~」
Aさんは、椅子の下から手が伸びて、彼女の足首を掴んでいるのを見た。
うわ。
直後、彼女はもうキスをできるくらいの至近距離に顔を近づけた。
「これなんなんですかね?」
たまらず、Aさんはその場から逃げ出した。
だが不審者の可能性もないわけではない。
とにかく急いでナースステーションに行き、知り合いの看護師さんに来てもらった。
戻ると、彼女は消えていた。
手がのぞいていた椅子の下を確認してみたが、やっぱり人が潜り込めるようなスペースはなかった。
と、この話をAさんから聞いたとき、いま彼女がどうなっているのかを尋ねた。
Aさんは「つい最近見た」という。
近所でも歩いていたのか、と聞くと違うらしい。
どうにも、ある動画配信サイトで見かけたそうだ。
Aさんがたまたま「心霊」の類を検索していると、ヒットした動画の一つに「私、幽霊さんとおしゃべりできます」と謳う彼女を見つけた。
更新された最後の配信は、彼女がひとりで廃病院に肝試しに行くというものだった。
「幽霊さんは友達だから」って。
動画自体はもう視聴できなくなっており、タイトルだけだった。
それも1、2年前の動画でそれきり更新が途絶えている。
ファンらしき人たちも彼女を心配しているようだった。
看護師さんによると、彼女は今でもときどき現れるという。
おそらく彼女は「何か」を連れ帰ってしまい、そいつに彼氏のフリをされているのだろう。
幽霊がちょっと見えるからといって、平気だなんて思わないほうがいい。
【fin】
※この記事はツイキャスで行われる怪談【禍話】シリーズの「燈魂百物語 第一夜」から一部を抜粋して編集させていただいたものです。(02:00~)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/338908429
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