プロローグ まさか自分がここまで地域史に魅入られることになろうとは……Kは図書館で目的の本を探しながら考えていた。決して地域文化というものに全く関心の無い生き方をしてきたわけではない。地域文化やら地域振興やらの名を冠する大学学部を卒業するぐらいには、ある程度の興味や専門知識は醸成されてきている。そんなKが、特段お世話になったわけでもない、別に生まれ育ったわけでもない、移り住んでたった1年しか経っていない、そんな地域の地域史に溺れていたのである。 きっかけといえば、おそら
上演時間(見込み):90分〜120分ほど 登場人物(男3、女4) 黒井 珠(クロイ タマ) 元4号室、24歳。 岸田 陽至(キシダ アキヨシ) 元3号室、24歳。劇団所属俳優。 上野 結実(ウワノ ユミ) 元2号室、23歳。スポーツ振興課公務員。 山城 大貴(ヤマシロ ダイキ) 元5号室、23歳。山城組土木作業員。弟。 山城 真子(ヤマシロ マコ)元5号室、25歳。山城組事務員。姉。 鈴木 博政(スズキ ヒロマサ) 鈴木家、25歳。コスプレイヤー。兄。 鈴木 綾乃(スズキ
上演時間(見込み):60分~70分ほど? 登場人物(男3、女3) 舞岱(ぶたい)エンジ 売れない役者 写真(うつしま)セカイ 売れない写真家 鍬矢(すきや)イチズ 刑事 剣野(つるぎの)メイカ 刑事の助手 藍堂(あいどう)ルネ トップアイドル 旅烏(たびがらす) 笛吹きの旅人 【第1場:旅人たち】 幕前。市街地の喧騒、次第にその音は遠ざかり、主題曲の一部が奏でられる。舞台中央前にスポット。旅烏の演奏の姿が浮かび上がる。傍らのハットには沢山のお金。演奏を終えて一
7月8日。岩手県北の文化施設で働く新卒のもとに、その案内は届いた。 岩手芸術祭文芸作品戯曲シナリオ部門公募――。 この新卒というのは7年間演劇を続けてきた男である。高校では演劇部、ミュージカルで東北大会まで進出し、大学ではサークル4年間、中心核として舞台監督・演出・脚本・音楽制作・役者なんでもこなした。4年次ではコロナという災禍・卒業論文・就職活動に揉まれながら、なんとか学務課を説得し、30分ほどの小さな公演を成し遂げたものの大目標であった卒業公演は中止。有終の美を飾ること
上演時間(見込み):30分~40分ほど キャスト:2~3人 幕 初夏、梅雨入りの頃。六畳ほどの散らかった部屋で、二人の男がちゃぶ台越しに対面し、黙々と原稿に向かっている。 庭には立派な紫陽花が植わっている。緒環が原稿に文字を書いてはくしゃっと丸め、次から次へと後ろへ投げ棄てている。それを見かねた満作が声をかけてくる。 満作「荒れてるねえ。」 緒環「売れっ子は黙れや。」 満作「おお怖い怖い。お茶でも入れてやろうか。」 緒環「飲みたいなら好きにしろよ。」 満作、冷蔵
来年の6月にやっと開館される『あきた芸術劇場』のプレイベントとして、わらび座の俳優を呼んで竿燈祭りをテーマにした即興劇を創るらしい。そんなワークショップは2月27日、演劇やりてえ!と猫のように鳴きあっていた現保育士の友人に背中を押されて応募したのが昨日。彼も来るのだろうか、来てくれたほうが気が楽なのだが……などと頬杖をついている。その一方でまあどうせ来るだろう、我々は飢えているのだからという信頼もある。 彼は、秋田市で幼少から演劇を続けている猛者であるらしい。大学サーク
兄貴が東京の国立大学へ行った頃だっただろうか。酒に恐ろしく強い親父が泥酔し、えらく感情的になっている夜があった。酷く泣いていた夜があった。原因は覚えていないが、私のせいだったような気がする。私が兄貴とは違って成績悪く、パソコンやゲームばかりしていたからだろう。親父は説教すると共に、昔話を始めた……もう内容はほとんど覚えていないが、私の生まれたときの話をしていたのだけは、はっきりと覚えている。 生まれたばかりの頃、肺に穴が空いていたようで早速生死を彷徨っていた。ヒューヒューと
「口だけならなんとでも言える。しかしできないじゃないか。痛々しいからもう関わらないでくれ。」 高校三年、卒業公演間近だった4月中頃。準主役の同期が突然不登校になった。本番まであと1週間もなく、私達は慌てた。理由は分からない、兆候もなく突然消えたのだ。彼と古くからの知り合いであり、同じ部活をしていた谷迫は『昔からよくあったことだが、このタイミングかぁ……。』と苦しい表情で言う。 当時の私達は、不慮の事故によって全焼してしまった神社のためのボランティア募金公演、『神社再建祈願
期限切れのチケットを一枚 ギリギリと悲鳴をあげるゲートを通る 傾いた人型のオブジェに一礼 雨水の溜まった噴水に映る曇天 ふわふわり白く浮かんだ 虚ろな夢の国を歩く ああ コーヒーカップに潰されて 零れた無垢が香る メリーゴーラウンドで輪になって 白けた骨が踊る 継ぎ接ぎの千円札を一枚 カタカタと恐怖しているドアをくぐる 苔むした四人席のテーブルに着席 セピアのぼやけた地図に群がる幻影 じわじわり黒く広がる 空ろな筆の先を辿る ああ ジェットコースターが振り回して はだけ
ボクのおうちのげんかんには、かぎあなみたいなかたちの、めだまがついた、小さなとけいがかかっています。 でも、このとけい、ゆらしてみても、たたいてみても、うんともすんともいわないんだ。 ベッドのよこにあるとけいは、あさになるとうたをうたってくれるのに。 リビングにあるとけいは、チクタクとおしゃべりしているのに。 ふしぎ。 でんちがないのかな。でも、ケーブルをさすところがないよ。 げんきがないのかな。おうえんしたけど、なにもなかった。 おとうさんもおかあさんも、わ
ふと思い立って外へ出た。生物が寝静まり、穏やかになった暗闇へと歩みを進める。光といえば、コンビニエンスストアと自動販売機と少しの街灯のみである。車の通りも少ない。あてもなく、なんとなく知ってるような知らないような道を歩く。 彷徨っていると、白い猫がいた。猫はこちらを一瞥したかと思えば、何処かへ駆け出していった。野良猫はよく見かけるが、白い猫は珍しかった。数メートル走って追いかけたが、いつの間にか見えなくなってしまった。 スマホも持たず、ジャージで空を見上げて歩く。星々が鮮
5℃の少しだけ暖かな風の口笛に乗せられて、ふわふわと空から雪が舞い降りる。一瞬、その白に包まれかけた世界に桃色を幻視する。ああ、また新しい『はじまり』が来る、そんな予感に私はゾッとした。どうあがいても時は経っていく。困惑する学徒を置いてけぼりにして教師は次のステップへ進めていく。あれほど頼りにしていた先輩もいなくなる、失恋する、貧困に苛まれる、絶望する、それでもまた生き続けてしまった。溜息をつく暇もなく環境も状況も目まぐるしく変わっていく。なぜこのままで居られないのか、どうし
学校を卒業するためだけに、受けたくもない講義を受け、単位のために読みたくもない本を読み、パソコンでは適当にそれっぽく引用を巧み散りばめた、なんの中身もないオナニーをキーボードで入力する。 「酒が飲みたい。」 「昨日も一昨日も飲んだでしょう。それに明日は大事な建て込み稽古でしょう?」 「いいじゃないか、私の身体は簡単に泥酔するほどヤワではない。」 「どうしてお酒が嫌いなのにお酒を飲むのですか。」 12月某日深夜、外は風が吹き荒れ、強く雨が打ち付けていた。しょうがないのでしっ