見出し画像

梨花・幸が行く夏のシロギス釣り

「梨花先輩、おはようございます!」
「おはよう、幸!」

 8月某日・神奈川県某所、午前5時30分。海にほど近い、運河沿いの船宿で待ち合わせた梨花と幸。今日はこれから、夏に最盛期を迎える「キス」を釣りに行くのだ。

「今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ。幸、眠くない?」
「はい、大丈夫です! 昨日は早めに寝たので」
「よしよし。じゃあ、受付しちゃおっか」

 受付で乗船名簿を記入し、船台を支払う。一緒に仕掛けも調達する。

「梨花先輩、仕掛けってどれくらいあったほうがいいですか?」
「うーん、一応4セットくらいはあってもいいかも。オモリも2つくらいはあると安心ね」
「わかりました。席はどうしましょう?」
「私は左舷の一番前に入るから、幸はその隣で。前の方は揺れも大きくなるんだけど、いっぱい釣るならやっぱり前のほうがいいから」
「わかりました!」

 座席番号が書かれた札と仕掛けを受け取る幸。朝7時の出船に備え、準備をすすめることにする。

「じゃあ、準備しよっか。帽子はある?」
「はい、お姉ちゃんの借りてきました。服も、汚れてもいいやつを着てきました」
「サングラスは私の貸してあげるね。靴は……うん、大丈夫みたいね」
「梨花先輩と船釣りに行くって言ったら、お母さんが買ってきてくれたんです」

 そう話す幸の足元は、水色のかわいらしいサンダルで彩られていた。バンド部分にはマジックで『うづき さち』と名前が書かれている。かわいい。

「あとは、日焼け止めね。今日は曇りだけど、こういうときでも夏場はすごく焼けちゃうの。しっかり塗っといてね」
「はい!」
「ライフジャケットは、私の自動膨張式のを貸してあげるね」
「自動膨張?」
「うん。水に浸かると自動で膨らむの。船宿でも借りられるんだけど、ジャケットタイプのしかないから。暑いときはコンパクトな方が涼しくていいのよね」
「へぇ〜……」
「これで装備類はオッケーね。軽く朝ごはんにしましょうか。少し食べておくと、船酔い対策にもなるし」

 午前6時。二人は買ってきたおにぎりを食べながらしばし雑談。

「よし、こんなもんでいいかな。あまり食べすぎても酔っちゃうから。あ、これ、飲んでおいてね」
「ありがとうございます! 酔い止めって、結構前に飲むんですね」
「うん、大体1時間前に飲んでおくといいみたい。ちなみに、酔ってからも効くから、もし気持ち悪くなっちゃったら教えてね」

 ちなみに、船酔いは割と気持ちの持ちようみたいなところもあるので、過度の心配は禁物。同行者とおしゃべりしたり、景色を楽しんだり、釣りに集中していると、意外と平気だったりします。まぁ酔う人はそれでも酔っちゃうけど。

「あと30分くらいね。そろそろ乗り始めてるし、私達も船に乗りましょうか」
「は、はい!」
「幸、緊張してる?」
「ちょっとだけ……」
「リラックスリラックス。今日は風もなくて海も穏やかだし、そんなに難しい釣りじゃないから大丈夫よ」

 桟橋へ向かい、氷やバケツといった船上で使うものを用意したら、席に付く前に、座席札をスタッフに渡し、エサと引き換える。準備ができたらいよいよ乗船して出船まで待機。その間に、梨花から釣りのレクチャーを受けることに。

「さて、今日はキス釣りです。竿とリールは私のを一本貸してあげるね」
「わぁ……なんかかっこいいですね!」
「最近のはスタイリッシュよね。ちなみに、竿はダイワの『キスX S-180』を、リールはシマノの『アルテグラ C300HG』を使います」
「???」
「まぁ、釣具の名前とかは気にしなくて大丈夫。じゃあまず、リールから糸を出して、竿のガイド―この輪っかに通して……。糸の先っぽにこのスナップサルカンを結びます。結び方は……仕掛けを付けて……最後にオモリを……」

 しばしのレクチャー。今のうちに、今回幸が使うタックルを書いてこう。

■船キス胴突き仕掛け
ロッド:キスX S-180(ダイワ)
リール:アルテグラ C3000HG(シマノ)
ライン:PE1.0号
リーダー:フロロ4号
仕掛け:胴付き1本針(船宿オリジナル)
オモリ:ナス型15号

「できました!」
「さすが! 器用ね。次はリールの使い方ね。右手の中指と薬指の間でリールの足を挟むように持ってみて。うん、これが基本の持ち方ね」
「はい、意外と軽いんですね」
「そうそう、最近のはねー。それで、仕掛けを海の中に落とすときは、このベールっていう針金みたいなところを起こすと、糸がフリーになって出ていくの。試しに落としてみましょうか」

 船べりから言われたとおりに仕掛けを落としてみる幸。少しするとラインの出がピタッと止まる。

「あっ、止まっちゃいました」
「うん、これが着底、つまり、オモリが海の底に着いたって合図ね。そしたら、ベールを戻してちょっと巻くの。ラインがまっすぐになるようにね」
「こんな感じですか?」
「そうそう。軽く竿先が曲がるくらいね。そしたら、今度はロッドを上にグーッと上げてみて。オモリの重さ、感じる?」
「はい!」
「じゃあそこから、ゆっくり竿を下げてみて。海底に着いたら、コンッっていう感触があると思う」
「あっ、今底についたのわかりました!」
「この動きが胴付きキス釣りの基本ね。おさらいすると、仕掛けを底まで落とす→糸を張る→竿を上げてオモリを浮かす→竿を戻して底を叩く→糸を張る。こんな感じね」
「わかりました!」

 そう言って幸は竿を上げ下げしている。なんとなく感覚はつかめたようだ。

「キスは上から落ちてくるエサによく反応するから、オモリを着底させたら少し待ってみるといいよ。で、アタリがなかったらまた上げて下げる、と。この上げ下げするのを『誘い』って言うんだけど、どういう誘い方がいいかって言うのは、その日によって違うの。例えば、小刻みに誘ってみるとか、逆にゆーっくり大きく誘ってみるとか、いろいろ試してハマるパターンを探すのが大事ね」
「なるほど……」
「あとは、ちょっとだけ仕掛けを投げてみるのもいいんだけど、今日は初めてだから、まずは真下で釣ることだけを考えてね」
「わかりました!」

梨花のレクチャーは続いてエサ編へ。

「次はエサね。今回はアオイソメを使うんだけど、幸、大丈夫?」
「うわぁ……ミミズみたいですね。お姉ちゃんが見たら倒れちゃいそう。私は全然大丈夫です!」
「幸は虫とか平気だもんね。付け方だけど、まず口に針を刺したら、エサの方を動かして針を通していくの。エサが真っ直ぐになるように針先を出したら、半分くらいにちぎって完成!」
「ぬるぬるしてて難しいですね……」
「難しかったら、頭にチョンとかけるだけでもいいよ。エサの付け方も、頭をちぎったりとか長めにしたり短くしたりとか、色々なパターンがあるから、試してみてね。ここでも結構釣果は変わるのよ」
「結構奥が深いんですね」
「そうそう。キス釣りってとても簡単だけど、それだけに奥が深いの。おっと、そろそろ出船の時間ね。幸、気合い入れていきましょう!」
「はい!」

画像1

 午前7時。いよいよ出船の時間。船は運河を進み、東京湾へと進んでいく。

「風が気持ちいですね! あ、八景島シーパラダイス!」
「気持ちいいでしょう。心地よい潮風、船から見える景色。これも船釣りの醍醐味ね」

 20分ほど進んだところで船がゆっくりとブレーキを掛ける。まだまだ岸は近いが、船長から釣り開始の合図が出る。

「あれ、もう釣りするんですか?」
「うん。キス釣りはこうやって湾奥でやることが多いの。だから、波も穏やかで初心者にもおすすめなのよね。さぁ、早速始めましょう! こういうのは最初が肝心なの」
「は、はい!」
「竿先がプルプル震えて、手にゴンゴン魚の動きが伝わってきたら、手首をクイッと上に向けて、アワセを入れるの。魚がかかったら重くなるから、ゆっくり一定の速度でリールを巻いてきてね」

 エサを付け、仕掛けを海底へ送る。言われたとおりにオモリを上げ下げしてると、すぐに反応があった。

「わっ、なんかコンコン来てます! えいっ!」
「かかった? ゆっくり巻いてね!」
「はい!」

 ゆっくりリールを巻いてくると、何やら小さくて茶色い魚体が見えてくる。

画像2

「よいしょっと……。うーん、キスじゃなかったみたいです」
「イトヒキハゼね。キス釣りの定番外道ね」
「残念です……。でもちょっとキレイかも。わっ、噛んできた!」
「そうそう、噛んでくるのよね。痛くはないんだけど。かわいそうだから放してあげましょう」
「ばいばーい」

 しばらく釣りを続けてみるも、ベラやフグといった外道ばかりで本命はあがらず。少しポイントを移動することに。

「外道ばかりだったけど、なんとなく感覚はつかめたかしら?」
「はい! アタリとかはわかるようになりました」
「うん、いい感じね。さ、次のポイントに着いたわ。そろそろ本命を拝みたいわね」

 ポイント到着後、梨花の竿に早速反応が出る。

「おっ、この引きは本命ね!」
「わぁ! 上がってきましたよ!」

画像3

 太陽の光を反射する純白の魚体。それはまさしく「砂浜の女王」とも呼ばれるキスだ!

「よーし、本命ゲット!」
「これがキス……きれいですね」
「さ、どんどん釣るわよ! キスは群れでいるから、一匹釣れたらどんどん釣れることが多いの。ゆーっくり誘ってたらかかってきたから、同じようにやってみて」
「がんばります……!」

 梨花が本命を揚げてから数分後、ついにその時が幸にやってくる。

「わ、わわっ、ゴンゴンってきました!」
「幸、ゆっくり、ゆっくりでいいからね」
「すごい引く……。でも、ゆっくりゆっくり」

 海面に揺らめく白い魚体、キスだ! しかも大きい!

「あがってきたね、一気に抜き上げて船内に入れちゃって」
「んしょ……! やった、釣れました!」
「やったね、幸! 針外せる?」
「大丈夫です、やってみます!」

画像4

 20cm超えの良型だ!

「すっごいいいサイズだよ! よく引いたでしょ?」
「はい! ゴンゴンってきて、グングンって……すごかった」
「これが夏のキスだよ。楽しいでしょ?」
「楽しいです! よし、お姉ちゃんたちのためにもいっぱい釣ろう!」
「お土産持って帰るって言ってたもんね。活性もあがってきたしどんどん釣ろう!」
「はい!」

〜3時間後〜

 しばらくポイントを変えながら釣り流し、午前11時。納竿の時間だ。船長の合図で仕掛けをあげ、帰港の準備を始める。幸の釣果は……?

画像5

「いち、に、さん、し……もう一袋あって……12匹でした!」
「お〜、初めてでそれなら上出来ね!」
「梨花先輩はどうでしたか?」
「私は30くらいかな」
「さ、さんじゅ……すごいです!」
「まぁ、何回か来てるからね。コツを掴めば幸も数釣りできると思うよ」
「そうなんですね……またチャレンジしたいです!」

 午前11時半。船宿に到着。片付けや計量を行う。梨花は今日の竿頭(一番釣った人)だったようで、写真を撮られていた。

「幸、おまたせ。片付けは終わった?」
「はい、大体は終わりました」
「よし、じゃあ上のレストランでお昼ごはんにしましょう。とっておきのメニューを揃えてもらったから」
「とっておき、ですか?」
「釣りのあとのお楽しみといえば、ね?」

 梨花に連れられてレストランへ言ってみると、予約席へ通される。少し待つと、食欲を誘う香りとともに、料理が運ばれてくる。

「あ、これって……」
「そう、さっき釣ったキスを料理してもらったの。ここの船宿、釣った魚をその場で調理してくれるサービスがあってね、私の釣った分からいくつか調理してもらったの」
「わぁ……おいしそうです!」
「釣りたては抜群においしいよ! 真中華たちよりひと足お先に味わっちゃおう!」
「はい! いただきます!」

画像6

 まずは定番の天ぷらから。

「んん〜、やっぱりキスの天ぷらは外せないわね」
「ふわふわホクホクですね〜」

画像7

 お次は唐揚げ。天ぷらとはまた違った味わいだ。

「天ぷらよりも身がしっかりしてて、食べごたえがあります! ご飯に合いますね!」
「釣りのあとはこの塩気がたまらないのよね。あ、レモンかけてもいい?」

画像8

 最後は刺身。鮮度抜群、釣りたての刺身は釣人の特権だ。

「ぷりぷりで甘い! キスのお刺身って初めて食べました!」
「なかなかお店には置いてないでしょう? この上品な甘さ、まさに『砂浜の女王』ね。幸、今日釣れた大きいのあるでしょ? 家でもお刺身にしてみたらどうかな。昆布締めなんかもいいかもね。甘みがまして、ねっとり濃厚になるからまた違った美味しさが楽しめるよ」
「チャレンジしてみます……!」

 釣れたてキス料理をあっという間に平らげ、二人は今日の釣りを振り返る。

「幸、改めてになるけど、今日はどうだった?」
「すっごい楽しかったです! 初めてで、ちょっと怖かったけど、ちゃんと釣れて、嬉しかったです! 梨花先輩、次はいつ行きますか? 今度はお姉ちゃんやお母さんとも一緒に行きたいです!」
「あはは、幸は気が早いね。でも、シーズン中にもう一回くらいは来たいね。その時は真中華たちも一緒に。あ、でも、アオイソメ大丈夫かな?」
「大丈夫です! いざとなったら私が付けてあげますから!」
「頼もしいね。あ、アジとかマゴチ、カワハギとかなら虫エサ使わないから、そういうのもいいかも」
「わぁ、やってみたいです! どういう釣り方をするんですか?」
「んーとね、まずアジから説明すると……」

 すっかりキス釣りに魅せられた幸。これからの時期(9月〜10月)のキス釣りは、シーズン最後半に差し掛かる。夏に産卵を終えた個体が、冬に備えて荒食いを始める時期でもあり、特に深場を攻める船釣りでは20cm以上の良型が連発することも。イソメと船酔いさえ問題なければ、初心者に最適なキス釣り。ぜひ味わってみてほしい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?