『一撃必殺』

 一撃で倒したい。倒したくない? いやいや絶対倒したいっしょ。だって一撃だよ。絶体絶命の時にさ、なんだかおまえどこにそんな力隠してたんだよって敵が思わず突っ込んじゃうくらいの、でもその突っ込みもろとも爆散させちゃうようなさ、そういう有無を言わさない力にさ、操られてみたいと思わない? 別に自分がどうとかって話じゃないんだよ。自分でやるから偉いとかって話じゃないんだ。むしろ自分なんかどこにも居なくていい。ただ何かのタイミングが合った結果、自分の身体から相手を一撃で倒せる必殺技が出る。その結果相手は倒れる。そして俺は生き延びる。偶然ね。相手は必ず倒れるけど、俺が生き延びるのは偶然なんだ。そう、偶然ってとこがミソだよ。だって俺は自分に必殺技が出せるだなんて思ってないんだ。そんなの練習した覚えもない。でも何故か出ちゃうんだよ、命懸けの場面では、必殺技が。
 そういう風にさ、選ばれてみたくないか? 何かにだよ。何かに選ばれるんだけど、その時自分が何に選ばれたのかは自分には分からないんだ。もしかしたら人生はドラマで、見えないプロデューサーや監督がどこかに、そうだなあの空の向こうとかに、居るのかも知れない。でもそんなことはどうだっていいんだ。大事なのは俺が、偶然選ばれて必然的に生き延びるっていうことなんだ。いや、別に死んでもいいんだけどさ。とにかくその瞬間何かに選ばれて、なるべくしてそうなる状況に一体化したいっていうのかな。分かるだろ? 分かんないか。いやつまりこういうことだよ。だから、恐怖の大王が降ってくればいいんだ。そいつが世界を終らせてさ、君も俺もどこかへ連れてかれる。そこでは君も俺も区別が付かなくなる。あいつもそうだ。誰も彼もが、言葉を超えて、身体が単なる物質になる。それは絶対に救済なんだ。絶対に救済なんだよ。意識なんて別になくてもいいんだ。意識が捉えるどんな美だって結局は意識によって捉えられているに過ぎないし、つまりその美は意識にしか根拠を持たない訳だ。でもこの世界には意識の及ばない部分の方が圧倒的に多い訳じゃんか。単純に面積を考えてみたってさ、意識が及ぶ世界なんて高々半径二メートルか三メートルか、そんなもんだろ。勿論宇宙の果てになんか意識は及ばない。でも多分宇宙の果てはある訳じゃんか。例え肉体は及ばなくても言葉なら宇宙の果てまで行けるだなんて詭弁で、事実は全く逆なんだ。言葉ではそこには決して辿り着けない。もしも身体が単なる物質にまで還元されたら、それはこの宇宙を構成する超現実的な力の作用によって、万が一には宇宙の果てに到達するかも知れない。というよりも意識が介在しないのであれば「ここ」と「あそこ」に区別など存在しなくなるのだから、もうありのままで存在即果てというそういうことになる。素晴らしい。だからね、俺はすべてを薙いでいく恐怖の大王をね、ずっと待ち侘びていたんだよ。あの時世界が終るって、みんな信じてまあ馬鹿もやったよね。あの時世界が終るって言われなかったら、あいつはガスを撒かなかったかも知れないし、あいつは首を刈らなかったかも知れない。そんなことは分からない。実際ガスは撒かれ、首は刈られたんだ。あいつらは恐怖の大王が来る前に世界を終らせたかったんだろうか。ガスを撒いたこともなく首を刈ったこともない俺にはその気持ちは分からない。でも、少なくとも彼らは俺にとっては恐怖の大王ではなかった。確かに怖かったけど、でもそれは人間一般が怖いということで、彼らが代表していたのは結局人間一般の恐怖だったんだ。つまり、俺が偶然に選ばれた結果として一撃で倒すべき相手じゃなかった。俺が偶然に選ばれて一撃で倒すべきだったのは、なんていうかもっと、儘ならなくて、言葉が通じなくて、意味が分からなくて、容赦がなくて、そうだから、要するに怪獣だよ。俺はずっと怪獣を待ってるんだ。それで、変身して戦うんだよ。どうにもならない人生がさ、少なくとも触れられる物理的な形式を取って目の前に現れるんだ。そして俺は俺の努力によってではなくて、何か訳の分からない偶然の、それがもたらす超越的な力によって、そいつを倒すんだ。ロマンがあるじゃないか。その為に生きてきたんだって気がするだろう? そうだから、早くさ、困るんだ現れてくれなきゃ。ヒーローになりたい訳じゃないぜ。別に俺は誰の味方にも敵にもなりたくはない。そういう意味ではちゃんと大人になったよ。あいつが敵だと言い合って、誰かと敵を分け合って正しさでぶん殴るだなんていうのは子供の遊びだから。そんな風に誰かに共感してみればしてみるほど何か世界から見放されていくような、真実から遠避かるような、そんな薄ら寒さを感じたもんだ。だから俺は誰かに共感したり共感されたりしたい訳じゃない。分かって欲しいことがあるとすればそれだけで、だけどそれだけは分かって欲しい。そうじゃなくて、俺はただ偶然に選ばれたいんだ。努力なんかしたくないんだよ。恐怖の大王が現れた時にさ、努力なんかできる訳ないだろ。そいつは全部をただ壊すんだ。復讐の為でも救済の為でもないただの破壊だ。多分俺はその景色に見惚れるんだ。だから俺は、誰を救う為でもなく戦うんだよ。だけどどうにもならなくて、ああもうお終いだっていう時に、身体が光って、出るんだよ、必殺技が。

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