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2018.07.14 すももジャム(ソルダム)

夏になるとどこのスーパーでもソルダムという果物を売っている。

毎年なんともなしに見ていたが、それがなんなのかよくわからず買ったことがなかった。
人は、それがなんなのかよくわからない食べ物を買ったりはしないものだ。

要は見て見ぬ振りをしてきたのだが、友人に「ソルダムジャムがめっちゃ美味い」となぜか猛烈に推されているうちに無視できなくなり、初めて買ってみた。

いちばん予後の良い出会いは大抵「共通の友人の紹介」である。

ソルダムはスモモの一品種だ。
未熟なときの果皮はくすんだ緑色でお世辞にも美味そうではないが、追熟して深い赤色になり、桃のような強い芳香が食欲をそそる。

写真のソルダムは2パックを同じ店で同時に購入して同じように保存してあったのだが、なぜか手前のパックだけ早く追熟した。

熟した実の中身は柔らかく、鮮やかな赤色。生食すれば甘味は強く酸味も明瞭で「甘酸っぱい」の見本にできそうである。

ソルダムが、スモモがこんなに美味いとは知らなかった。

そもそも、スモモを買って食べる習慣がなかった。だいたいスモモを買って食べる習慣がある家庭というのはそんなにあるものだろうか。

しかし思い返してみると、僕が子供の頃は夕食後のデザートにスモモが出ることが、確かにあった。頻度は多くなかったと思うが、特別感があったというわけでもない。
というかよく覚えていない。
好きだったかどうかもわからない。
もしかしたらあれもソルダムだったかもしれない。

特別な理由もないが、いまは(生食用としては)全く買わない。でも毎年どこのスーパーの果物売り場もソルダムはじめ大石早生、太陽など結構な面積をスモモで占めるので、それなりに需要はあるのだろう。むしろ、毎年夏になるとスモモが食卓に並ぶのが標準的な家庭なのかも知れない。

とはいえ、スモモのことを人々がじゅうぶんに理解しているかというと、甚だ疑問である。スモモもモモもモモのうちだと思っている程度の認識なのではないか。

ソルダムの前に、スモモとは何なのか、いま一度考えてみたい。


①歴史

スモモは漢字で李と書く。
音読みは「リ」。

中国語としての正確な発音はわからないが、いずれにしても1音節だ。起源が古い言葉というのはたいてい少ない音で出来ている。「目」「手」など体の部位なんかはその最たるものだ。
調べたわけでもなんでもないので申し訳ないが、それだけ中国において李は古代から普通にあったのだろうと想像する。

日本では奈良時代に大陸から持ち込まれたとされ、万葉集におさめられた大伴家持の歌に李花が登場している。

ただ、正確なところはどうなんだろう。古事記や万葉集に出てきたからといって、それが日本に実際にあったかどうかは微妙なところではないか。
大伴家持ほどの人になれば、大陸にそういう花があることを聞いて、想像力で歌に詠むくらいのことはしそうである。

もちろん、普通に自生していた可能性もある。
庶民はその辺の木になった実を取って食べていたかもしれない。

きちんと奈良時代の食文化について勉強して裏を取りたいところだが、これもちょっとまたの機会にさせてください。

いずれにしても、かなり古い時期に大陸から持ち込まれていたこと自体は間違いなさそう。

「栽培」の記録が残るのは明治以後。当初は酸味が強いものしかなかったらしいが、この日本のスモモがアメリカに渡って品種改良され、「プラム」として逆輸入されたものが現在食用されているスモモで、ソルダムもそのうちのひとつ。
その後、国内でも様々に改良発展している。


②生産量

現在の国内での主な産地は山梨県、長野県。山梨県だけで3分の1を占める。

国内の合計生産量は2万トン強。
全くイメージが湧かないと思うが、キウイ、洋梨、サクランボあたりがだいたい2〜3万トン程度で並んでいる。
ちなみにイチゴが15万トン。
りんごとみかんは80万トン。
モモ12万トン。
あんず2000トン。

なんか全体的にはわりと納得感あるが、正直なところスモモ案外多いなと思う。

2万トンはつまり2000万kgなので、1パックを0.5kgとすれば4000万パック出ていることになる。もちろん加工用、業務用も相当な量だろうから、半分の2000万パックくらいだろうか。
2000万パック?やっぱり多すぎない?

逆から考えてみる。
フェルミ推定だ。

スーパーに行くとスモモがけっこう売っていて、50パックくらい並んでいる。毎日売り切っているわけでもなさそうなので、1週間に100パック売っているとしよう。

スモモの旬は夏で、7〜8月の8週間売っているとすれば、ひとつのスーパーでは1年に800パック売れる。

スーパーの分布は平均して10000人に一店舗…だと混みすぎる気がするので5000人に一店舗くらいだろうか。つまり人口1億人に対して20000店舗のスーパーがあって、800パックを売ると…

1600万パック。
なるほど、悪くない。


③分類

正直多くの人が薄々感づいていたのではないかと思うが、スモモはモモではない。

ただ、これもまったく意外ではないが、近縁ではある。
植物の分類としては同じバラ科サクラ属。
スモモはスモモ亜属スモモで、モモはモモ亜属モモだ。
ちなみにサクラ属はほぼ同義の別名としてスモモ属と呼ばれることもあるので、スモモはスモモ属スモモ亜属スモモ、モモはスモモ属モモ亜属モモとも言える。
即ち、スモモもモモもモモのうちではなくどちらかというとスモモもモモもスモモのうちである。

というかスモモ亜属やモモ亜属では単系統性が疑われるなど議論が続いているそうなので、上記は参考にとどめておいて欲しい。
スモモとモモは近縁ではあるが亜属のレベルで分類が違う、それだけ覚えていただければよい。
それを知ることで広がる世界もあろうかと思う。
「スモモもモモもモモのうちは間違いでスモモもモモもスモモのうちなんだよ〜!」などと何の広がりも期待できないトリビアを披露するのも一興だ。

ちなみにアンズやウメ、アーモンド、サクランボなんかもサクラ属(スモモ属)だ。

バラ科まで広げれば、リンゴ、ナシ、イチゴなんかも親戚である。温帯地域の家庭の食卓に並ぶフルーツは、バラ科にほぼ席巻されていると言って良い。

だから何だって?

いや、このnoteでしばしば材料の「分類」に言及するのは、それによって、そのジャムを作ることが世界のどの部分にアプローチしていることなのかがほんの少し見えるからだ。

「分かる」という言葉の通り、分類することは世界を理解しようとすることに他ならない。そして19世紀の分類学が「世界はあまりにも複雑だ」ということに気づきはじめ、その空気感の中で科学史上有数のパラダイムシフトたるダーウィン進化論は醸成されたのである。

さらに、分子生物学の登場で生物の分類は加速的にかつほとんど機械的に可能になると思いきや、調べれば調べるほどに複雑さは増し、古典的で単純な系統樹では説明しきれないことがわかってきた。

美しく分類されるはずと思っていた世界は、混沌とししかしそれ故に多様な輝きを放っていたのだ。

しかしそれも、まずは分類してみることからしか始まらない。世界はあまりにも複雑だが、世界を理解することを諦めたくはない。

以上、スモモの話を大きくし過ぎた。というかソルダムジャム。

ソルダムは洗ったら皮を剥かずに刻む。アンズのようには種を取れないので、種のまわりを削ぐようにして切る。実は大きくても煮崩れるが皮はある程度残るので、食感の好みに応じて刻む大きさを決めればよい。

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皮が緑のものは果肉もまだ色が薄くピンク色で、酸味が強烈。今回は熟したのも未熟者のものも敢えて(というか分けるのは面倒なので)ぜんぶ入れた。

砂糖は40%を2回にわけて投入。

合計で20分程度グツグツ煮て、好みの固さ(コップの水に1滴落としてあんまり拡散せず沈んだらいい感じ)のところで火を止める。

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深く美しい赤。

甘く豊かな香りと爽やかな酸味。

これは、ジャムとしてのひとつの理想形かもしれない。

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