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映画鑑賞メモ:午後の曳航(1976年)


作品情報

鋭い感性を持った少年と未亡人である母親、2人の前に現われた1人の船乗りの男。その3人の間に起こる心の葛藤を描いた三島由紀夫の同名小説の、日米合作というもののスタッフ・キャストが全て外国人という海外での映画化。製作はマーティン・ポール、監督・脚色は「暗殺」「女狐」などの脚本を書いたルイス・ジョン・カルリーノの初めての監督作品、撮影はダグラス・スローカム、音楽はジョニー・マンデル、編集はアンソニー・ギブスがそれぞれ担当。出演はサラ・マイルズ、クリス・クリストファーソン、ジョナサン・カーン、マルゴ・カニンガム、アール・ローデス、ポール・トロピア、ゲイリー・ロック、スティーブン・ブラック、ピーター・クラハムなど。

1976年製作/アメリカ・日本合作
原題:The Sailor Who Fell from Grace with the Sea
配給:日本ヘラルド
劇場公開日:1976年

午後の曳航 : 作品情報 - 映画.com (eiga.com)

原作は言わずと知れた日本文学の大家の手になるもの。が、本作はまさかのキャラが全員、英国人(一部例外アリ)。

タイトルの英訳がいいですねー。「午後の曳航」を直訳すると、Towing in the Afternoonあたりになるのでしょうが、あえて「海に嫌われてしまった船乗り」と訳すセンス。英和辞典によると、Fall from grace withで「人に嫌われる、人の不興を買う」とのことですが、原義は「神の恩寵を失う、堕落する」。思わず唸ってしまいます。これぞミシマなタイトル。

ストーリー

舞台は、英国の小さな港町。時代設定は、公開当時の現代=1970年代ってことでいいのかしら。主人公のジョナサンくん(日本でいう中1くらいか)は、割と豪邸な感じのお家でお母さんと2人暮らし(使用人みたいなおばさんもいるけど)。お父さんは亡くなっちゃってるんですねー。

お母さんは亡き夫から継いだであろうお店を経営。高級家具店ってことでいいのかしら。従業員も2人いて、けっこう儲かってまんな、な感じ。

ジョナサンくんの交友関係を見てみましょう。彼は学校の同級生が作る秘密クラブ(名前はない)の会員のようです。名前ではなく番号(No5まである)で会員を呼ぶクラブの首領(チーフ)は、親父の書斎にある高級チェアーにふんぞり返って葉巻(良い子はマネしないでね!)を吸い、「本日の議題を提出したまえ」などと言い放つ豪傑。頭もいいんでしょうねー。ニーチェ顔負けっつーかそのまんまの弱者道徳批判、超人思想を同級生相手に一席ブっちゃう天才肌ボーイ。コイツがいなければ平和な映画で終わったであろうに。

「道徳など、汚れた大人が弱い自分たちを守るために作り上げた虚構に過ぎないのだよ、ジョナサン君」という彼の思想に、主人公は影響されること大。

ある日、ジョナサンくんの住む港町に大きな船が入港してきます。お母さんにせがんで船内見学にでかけたジョナを案内してくれたのが、船乗りのジム。出会って5秒で、かは分かりませんがジョナ母子ともども彼にfall in loveしてしまいます。少年は、陸の日常生活に汚されていない、理想の海の男をジムの中に見ます。あとお船大好きボーイっぽい。エンジンの型番を一目で当てる船マニア。お母さんは、まぁ、わかりますよね? 夜寝る前に、亡きダンナの遺影の前で自分を慰める(意味が分からない子はお父さんに聞いてみよう!)シーンがありますし……

船を降りる際に、お母さんは「お礼に夕食をごちそう出来たら」とジムを誘い、みごと承諾を得ます。いったん母子は陸にもどって家で昼食をとるのですが、ジョナ少年のテンション爆上げっぷりがヤバい。しかし本当にヤバいのはお母さん。久方ぶりの殿方との会話でテンションアゲアゲ、お手伝いのおばさんが引き気味だったような。

その晩はジョナとその母、ジムですごす楽しい一夜となりました。子供が寝た後は、ダンナと使っていたであろう主寝室でジムとアバンチュール。その光景を壁の節穴から見ていた目がありました。他ならぬ息子のジョナサンです。ジムの逞しい裸体を眺めた彼は、ただの船乗りにすぎないはずのジムに、理想の男を幻視します(「だってあんなに逞しいんだもの」)。

翌日、ジムはジョナ母子と別れ、船に乗り込んで外国へと去ります。原作だとここまでが前半。三島の小説だと季節が夏だったはずなんですがね。映画だとあんまり夏っぽさがない。まぁイギリスは涼しい気候ですしね。

後半。港町を出帆したジムと、ジョナ母子は文通します。「嵐は高鳴り、波はうねり、船は今にも砕けそうだった」式の海洋冒険小説ちっくな武勇伝を書いてよこすジムに心高鳴るジョナ&未亡人。

ジョナ君は「日常のふやけた大人とは違う、これぞ本当の男だぜ!」とばかりにジムからもらった手紙を秘密クラブのチーフに見せますが、返ってきた反応が悪い。「本当の海の男が、こんなに手紙を書くなんて」「命懸けで嵐を乗り越えただって? バカらしい、ネズミだってそうするさ」「どうせ船乗りなんか辞めて、お前の母親と結婚でもするんだろう」

憧れの対象をバカにされたジョナ君は、チーフに殴りかかります。やる時はやるんだね。すぐに教師に仲裁されちゃうんですけどね。

その後、歯向かった罰としてチーフはジョナ君を秘密クラブのNo3からNo5に降格。そしてチーフが予測したように、ジョナサン憧れの船乗りジムは、港町へと帰って来るのです。あれ、風向きが怪しくなってきたぞ。

風邪をひいていたジョナ君の枕元へ、イグアナの人形をお土産に帰って来るジム。「ジムはまさか陸の生活に落ち着いたりしないよね?」という疑念にさいなまれ、ジョナ君はひさしぶりの再会に喜ぶでもなくめっちゃ表情硬い。チベスナ顔です。

「次はいつ海に出るの?」
「分からない」

あーダメだこれ。ジョナ君の偶像にピシピシとヒビが入る音が聞こえます。ジムがいなくなった後で思わず、お土産のイグアナを手で払いのけてしまうジョナ。

「解せぬ」

イグアナ氏 最期の言葉

ジョナ家を出たジム&ジョナ母ご一行。母は自分のお店の都合でちょっと銀行に、ジムはその間の時間つぶしに近くの喫茶店に。用事が終わってサ店で合流した2人ですが、ちょっとお茶で一息いれたい女と、すぐにでも一発ヤりたい上陸直後の船乗り。「早くこの店を出ないとこうだぞ」とばかりにスカートの中に手を差し入れて、未亡人のアレをアーします(薄い本で100万回読んだやつ)。これがフランス書院ちゃんですか。

「ねーママー、ジムはなにやってんのー? ねーママーあれなにやってるのー?」と訊かれて困る親御さんは、お子さんと見ない方がいい映画ですね(今更)。

否応なく秘所をまさぐられて官能を刺激された女は、逞しい男の望むがままに宿へGoしてCheck inしてInされます。ついでにComeもね。

次のシーンではよさげな海岸をよさげに散策するジムとジョナ母。こういうシーンで言いそうなセリフを言ったあと、ジムは云います。

「俺と結婚してくれ」

もちろんジョナ母はOKを出します。笑顔で抱き合って幸せの絶頂にいる2人ですが、子の心、親知らず。ジョナ君にとって、2人が結婚してもらっては困るのです。荒波に漕ぎ出し、大洋を航海する憧れの海の男が、つまらない陸にあがって、あまつさえ父親という日常の存在になるなんて! 絶望したジョナ君はチーフに相談します。

「なんてひどい 彼はNo5(ジョナサン)を裏切った」
「耐えがたい苦痛だろう」

トゥンク……。わかってくれるじゃねえかチーフ……。日常を唾棄することにかけては人後に落ちない彼ですから、こういう言葉をジョナ君にかけてやれるのです。

ジョナ「彼(ジム)を救わなくては」

陸に上がった船は、もはや海原を行くこともないのだから解体してしまうしかない。陸に上がった船乗りは……。

じつは映画中盤で、秘密クラブの面々がチーフの執刀のもとに猫を解体するシーンがあるのです(実際の撮影で猫を解体した訳ではないでしょうが)。その際に使った手術道具と、睡眠薬を混ぜた紅茶を水筒に詰め、秘密クラブのメンバーは海の見える丘へと向かいます。「嵐のときの話をぜひ聞きたいんだ。あと、船乗りの制服を着て来てね」とジムを誘い出して……。

船オタクのジョナ君が国際信号旗(「出帆」「危険」)をブッ刺した芝生の上で車座になり、秘密クラブのメンバーに嵐の話をするジム。

「お茶をどうぞ」
「ありがとう」

あれ……おかしいな……目がかすむ。それになんだか眠い……。カメラが遠景になり、前に倒れ込んだジムの体にむらがる秘密クラブのメンバー。それを背景にエンドロールが流れます。

感想

まぁー原作に忠実な映画化でビックリしました。制作陣、分かってますねぇと唸らされること数度。舞台がまさかの外国になってるんですけど、全然違和感ナシ。イギリス英語の気取った響きも作品にピッタリでした。船乗りのジムは多分アメリカ英語なんですよね(出身はカンザスって言ってたから)。これも非日常の外部から来た荒々しい男って感じが出てヨシ。

チーフの造形も良かったですねぇ。原作での彼は「ふむ、君はまだ人間の考察に甘いところがある」などとうそぶく恐怖の13歳で、実写化するのが難しいキャラのはずがこれも違和感なし。解釈一致のキャスティング。マフィアのドンよろしく葉巻をスパスパ吸う姿が堂に入っていました。

おっと思ったのは以下のセリフ。うろ覚えだけど確かこんなんだった。

「真の男が女と性交するなんて なんたる堕落」

原作小説にこんな台詞あったかなー。思い出せないんですけど、いかにも三島文学のキャラちっくな思考回路でしょう? そうなんです、本当の男たるもの女性(にょしょう)と交わってはならぬのです。そんなことしたらFall from Graceしちゃうんですよ! ちなみに、旧日本陸軍の聯隊旗手は、童貞が望ましいという不文律があったそうですよ。ソースはブルドッグ中濃。

話を映画に戻しますと、イギリスの風光明媚な港町の映像が目に心地よかったですねえ。個人的なイギリスの海のイメージって、寒々しい黒い海、荒涼とした岩肌に白い波がザッパーンなそれ。ところが、この映画の海は優しいし穏やか。舞台の港町が入り江なのでそうなんでしょうね。ラストシーンのザ・英国的なゆるやかな曲線を描く草地も美しいですねー。ぜひサンドイッチを持ってピクニックに行きたい。けど睡眠薬入りの紅茶はノーセンキュー。解体(物理)されたくないし。

最後に一点。映画を見ている間じゅうずっと思ってたんですよね、なんか既視感を覚える設定だなぁと。このデジャヴュの糸の元をたどったら下の映画に辿り着きました。

こちらもイギリスの港町に暮らす母子と、外国航路の船乗りが繰り広げる交流を描いた映画ですが、エロスとタナトスがくんずほぐれつする三島ワールドとは対照的な、誰でもご覧いただけるハートウォーミングなストーリーとなっております。オススメ。

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