DEAR......
どこにでもある普通の高校の2年の教室から、突然叫び声が上がった。
「森川ぁーっ!」
とある男子が2年E組のドアを開けると同時に大声を上げたのだ。
「あのクソ姉貴、どうにかしやがれっ!」
その言葉に反応した少女は、無言のまま彼の後ろの方を指差した。
「ふーん……誰がクソ姉貴、ですって?」
「なっ!?」
その指の先には、先程の少女と同じ顔立ちの少女が立っていた。
そして、指を差された方の少女は、彼に制裁を与えるべく、襟首を掴んだ。
が……
「キャーっ!」
「「っ!?」」
突然の悲鳴に同じ顔立ちの少女二人は顔を見合わせ、現場に向かった。
その先には、またまた顔立ちが同じ少女が啜り泣いていた。
「来未姉……明来姉……」
「明未、どうかしたの?」
「……転んだの……」
「それだけで泣くな!」
「だってぇ……」
「来未、止めなよ」
彼女達は、この高校では有名な『森川三姉妹』。所謂、三つ子として有名なだけだが。
A組にいる長女の来未(くみ)は、短気で喧嘩っ早く、すぐに手が出てしまうタイプ。
E組にいる次女の明来(あく)は、どこまでも我が道を行くマイペース。
F組にいる三女の明未(あみ)は、弱気で泣き虫だがおとなしく、優しい性格の持ち主。
顔はみんな一緒だが、性格はこの通り、全員バラバラだった。
「明来ー」
三人が話していると突然、明来の後ろから何かが突っ込んで来た。
「踪、重いんだけど」
明来は、自分の背中にいる、F組の神田踪(あと)を振り切った。
「はぁ、こんなに愛してるのに」
「うざい。……って、深江じゃない」
明来の言葉に、踪は肩を震わせた。明来の目線の先には、ポニーテールの少女がいた。
「……踪。明来に近寄らないで」
その少女は殺気を放ちながら言った。
彼女、波本深江(ふかえ)は、明来のクラスメイトであり、親友でもある。
深江は怒りながら、踪の首元を掴み、その場を後にした。
明来がその様子を見つめていると、来未が横にやってきた。
「明来も大変ね。三角関係に巻き込まれるなんて」
嫌味を込めて言う来未に、明来はさらりと返した。
「モテない姉には言われたくない」
「なんですって!?」
「あう~、明来姉も来未姉も喧嘩は止めてよー」
「深江!」
明来は帰り道、一人で歩く深江を見つけ、呼び止めた。
「明来?どうかした?」
「いやさ、ほら……踪のことなんだけど……」
明来の言葉に深江は一瞬固まり、「あー……」と力無さ気に答え、俯いてしまった。
明来は知っていた。深江の気持ちも、想いも。
「深江。私は踪のことどうとも思ってないからさ。安心していいんだよ?」
明来の言葉に反応するように深江は顔を上げた。
「そんなの、わかってる。私と明来の仲だよ?それぐらいわかる」
その言葉に明来はハッとし、立ち止まった。その間に、深江は足早にその場を去って行った。
「はあ……」
「明来、止めなさいよね。ご飯中にそう何回も溜め息吐かれちゃ、こっちのご飯だっておいしくなくなるし」
「……はぁ」
「……明来。あんた喧嘩売ってんの?」
来未の怒りは頂点に達していた。
今日は明未がバイトでいないため、夕食の当番が来未だったのだ。
両親が海外暮らしで、姉妹だけで一戸建てに住んでいるとはいえ、家には三人も住んでいるのだ。家事は交代制だが、学校から帰ってくれば疲れるし、家事やら宿題やら、やることはたくさんある。そんな人間がいっぱいいっぱいで作ったご飯を、溜め息を吐きながら目の前で食べられたら、誰だって気分を害すものだろう。
そして、ついに来未は行動に出た。
「もう食べるな!」
来未は明来の手から箸を奪った。
「あーっ!何するの!?」
「それはこっちの台詞!人が一生懸命作った料理を、溜め息ばかりで食べられたら、怒るに決まってるでしょ!?」
「うっさいなぁ。だいたい、作ったって言ったって、ほとんど買ってきたものじゃない!」
「ど、どうでもいいでしょ!?」
痛いところを突っ込まれて、一瞬言葉が詰まる。
姉妹の中で自分だけが料理が苦手なことが、ちょっとだけコンプレックスになっているのだから。
「喧嘩ばかりしてるから、料理も出来ないのよ」
明来はそう言って、自分の部屋へと行ってしまった。
「全く……」
来未は呆れた口調でそう言って、片づけを始めた。
「深江、ちょっといいかしら?」
「別にいいけど……来未が私に用事なんて、珍しいんじゃない?」
来未の呼び出しに、深江は不思議そうにしながらも、笑顔で来てくれた。
「ちょっと相談がね。……踪と明来のことなんだけど」
その言葉を聞いた深江の表情が一瞬にして変わった。
「深江、あなたが踪のこと好きなのは知ってる。その事で明来が悩んじゃってね。何も頭に入らないみたいなのよ。おかげで、我が家ではかなり支障が出てるのだけど」
「なんで、明来が悩むの?」
いつも元気で明るい深江の瞳が、困惑の色でいっぱいになっていた。
「はぁ……なんで、ってねぇ……。あなたは大事な親友なのに、踪のせいで三角関係に巻き込まれたことが、相当きてるからよ」
「そう……なんだ。明来は可愛いし、誰にでも好かれる良い子だよね……」
深江はすぐにでも崩れてしまいそうな笑顔でそう言って、教室で男子と馬鹿騒ぎしている明来を見た。そして、再び来未に視線を移した。
「私だって、明来は大事な大事な友達だよ。でも、もしかしたら心のどこかで嫉妬してるのかも。そんな自分がとても、嫌……」
「明来は踪の事、どうも思ってないけど?」
「わかってる。でも、踪が明来のこと好きって考えると……」
「はぁ……もう少し自信を持ちなさい!深江にだって良いところたくさんあるじゃない!私も明来も、深江のこと大好きなのよ?だから、自分を見失ってはダメ」
来未はそう言って深江の肩を軽く叩き、教室へと帰っていった。
「ね、ねえ踪?」
「うん?どうかしたのか?」
深江はその日の放課後、たまたま踪と二人で掃除だった。深江はふと昼間の来未の言葉を思い出していた。
「あ、あのね……明来のこと……好き、でしょ?」
「へ?……あ、ああ」
「それは、本当に恋愛感情?」
深江のどこか思いつめたような表情で見つめられた踪は、一瞬驚いた。
「え?あ、当たり前だよ。ってか、なんでそんなこと聞くわけ?」
「……何でもない!もし、明来に変なことしたら命ないからね!」
「うっわぁ……お前も反対派か?深江は俺の味方だと思ってたのに」
むっとしながら言う踪に、深江は一言言ってやった。
「私はいつでも明来の味方ですぅ」
「ちっ!お前も来未と同じこと言うんだな」
「おっふたっりさぁん!掃除終わった?」
にこにこで教室に入って来たのは、明来だった。
「あ、明来。もう掃除終わったの?」
「うん。こっちは大丈夫だよ。あんた達は……痴話喧嘩の真っ最中かしら?」
明来は含み笑いをしながら聞いた。
「ば、ばかっ!!!変なこと言わないでよ!!!」
「そんな訳ないだろ?俺が好きなのは明来だけだし!」
深江は真っ赤にしながら言い訳するも、踪に至っては笑顔で答えた。さらに、かつかつと明来に近づくが、明来はさらりとかわすと、そのまま深江へと近付いた。
「さ、終わったなら帰ろうか?」
明来のその言葉に、深江は頷くと、掃除道具を仕舞い、自分の荷物を持った。
「そんなわけだから、おっさきー!」
「じゃあ、悪いけど先生への報告、よろしくね!」
結局、踪は二人の策略により、教室にただ一人残されるのだった。
「うわぁ……雨かぁ……」
翌日の早朝。森川家に溜め息が広がった。
原因は今日の家事当番、次女の明来。今日干す洗濯ものを片手に抱えているが、雨では外に干せないので、部屋に干そうと窓のカーテンを閉めた。
「んー……明来姉、おはよう」
たった今起床した明未と廊下で遭遇した。
「おはよう」
「今日、雨なの?」
「みたいね」
「明来姉、今日の体育楽しみにしてたのにね」
「折角の陸上だったんだけどね」
明来はそう言って溜め息をつき、洗濯を干しに去って行った。
案の定、二時間目の体育は急遽、体育館に変更になったのだが、多数決でバレーボールになった。
「ちょっと待ってよ。雨で仕方なくバレーボールになったのはわかるけど、何で男女混合なわけ?」
明来の言うとおり、チーム分けは男女混合で行われたのだった。
「仕方ないよ。多数決だもん」
そう言いながらも、深江の眼は違う人に向けられている。
「……なぁに見てんのよ。踪と一緒になれなくて寂しい?」
「っ!ちっ、違うよ!」
そう言いながらも深江の顔は真っ赤だった。
「ってか、何でF組と合同体育なわけ?」
「そんなの私だって知らないよ!あっ、明未!」
「深江ちゃん、おはよう。明来姉と深江ちゃんは同じチーム?」
「うん!明未は?」
その質問に、明未は申し訳なさそうに目線を落とした。
「そ、それがさ……」
「じゃあ、これからチーム3とチーム5の試合を始めるよ。集まって!」
バレー部所属の子が審判として大きく叫んだ。
明来と深江はコートに入るが、二人共違う陣地に立っている。
「全く、明未も人がいいわね」
明来は呆れたように言った。それに気付いた明未は、振り返りながら言った。
「そうかな?深江ちゃんのためだよ」
「だから、そういうことを言ってるのよ」
結局、深江と明未はこっそりとシャッフルしていた。
それに気付いた踪は、訝しげな表情で深江に耳打ちした。
「なんで深江と明未が交代してるんだ」
「まあ……いろいろあったからかな」
深江は思わず、苦笑いしながら答えた。
「だったら、俺と深江が交代すれば良かっただろ?」
『なんでそうなる』と思うと同時に、深江の心は痛んだが、それは徐々にイライラへと変わっていった。
「いってぇぇぇぇっ!!!何すんだよ!!?」
イラつく深江のサーブは見事、味方であるはずの踪の後頭部を直撃した。
「あー、ごめんね?」
明らかに無表情の深江は、一言だけ素っ気なく述べた。
「俺を殺す気か!?」
「そんなんで死ぬ訳ないでしょ?」
そんな言い合いが始まる中、それを反対側のコートから眺める明来と明未。
「うわぁ……明来姉、向こう凄いことになってるよ?」
「あいつら何してんのよ。人の親切を、なんで喧嘩しながら過ごしてる訳?」
思わず、二人揃って呆れながら眺めるが、試合はそのまま進んでいった。
「行くぞっ!明来、俺の愛を受け取れっ!!!」
踪は恥ずかしいことを叫びながら、狙い通り明来の元へサーブを打った。
明来は冷静にセッターにボールをパスし、同時に勢いをつけて走り出す。
「このアホがっ!!!」
明来の、怒りのアタックが踪の顔面に入り、踪は盛大に後方へと吹っ飛んで行った。
「何も、あそこまでしなくてもいいじゃん」
「うるさい」
「そう?明来らしいと思うけど?」
あのアタックで倒れた踪の看病と称し、保健室に溜まっている深江と森川三姉妹だったが、来未は立ち上がった。
「さて、と。そろそろ休み時間が終わるわね。明未、教室戻るわよ?」
「うん!」
来未は明未を連れ、さっさと教室へと帰って行った。
「私も帰ろうかな」
二人の帰る姿を見送ってから、明来も立ち上がり、伸びをしながら言った。
「ちょっと待ってよ!」
「あはは、私が深江と踪を二人っきりにしてあげるからさ。好意は有り難くもらっておきなさい。じゃ!」
と、行こうとしたところ、深江は明来の腕をぎゅっと掴んだ。
「嬉しいけど!き、気持ちの整理が!」
しどろもどろになっている深江を見て、明来はふぅっと溜め息をついた。
「わかったわかった。トイレに行って気持ちの整理をつけてきな。それまで待っててあげるからさ」
「う、うん。ありがと……」
そう言って、慌てて保健室を後にする深江。
「全く、世話のやける」
明来は苦笑しながら深江を見送ると、急にベッドへ目線をずらした。
「さて、と。あんたはいつまで狸寝入りしてる気?」
「……いつからわかってた?」
踪は目を瞑ったまま答えた。
「来未達が出て行った後ぐらい。あんたはいつから目覚めてた?」
「来未達が出て行こうと立ち上がったあたりから」
踪はふと目を開けて、言った。
「狸寝入りなんていい度胸じゃない。じゃあ、しっかりと今までの会話聞いてたんだ?」
「……まあ」
「深江の気持ち知ってた?」
「……薄々は。でも、確信持てなかったし……」
明来はずっと踪を見据えていたが、踪は自分の寝ている場所からずっと窓を眺めていた。
「で、どうする気?」
「どうするって……どうしようもないだろう」
「はぁ?」
急に明来は素っ頓狂な声をあげ、踪を訝しげに見た。踪も明来の方に目線を移す。
「だって、実際に俺と面と向かって言ったわけじゃないし。そもそも、俺は明来の方が好きなんだけど」
その言葉に、明来は盛大な溜め息を零すと、じとりと踪を見た。
「何度も言うけど、私はまっっっったくあんたに興味ないんだけど」
「そ、そんなっ!ハッキリ言われると傷つく!」
「脈ない私より、深江を選んでもいいんじゃない?私が言うのもどうかと思うけど」
そう言うと、「ちゃんと考えなさいよ!」と思いっきり踪の背中を叩いて、保健室を後にした。
帰って来た深江は、きょとんとしたまま保健室の入り口で立ち止まってしまった。
「踪……目、覚めたんだ?」
「ん?深江か?」
深江が保険室に入ると、そこには踪しかいない。
「あれ?明来は?」
「先に教室戻るって」
「そう……」
気まずい雰囲気が二人を包む。その雰囲気に嫌気が差した深江は、恥ずかしさを押し殺して声を出した。
「あ、あのさ、踪!」
「ん?」
「明来のこと好きなんだよね?」
「え?まあな」
「明来のどこが好きなの?」
「うーん、そうだな……。誰にでも明るくて、元気なところかな」
「はぁ!?そんなこと言ったの!?」
「そんなことって言っても、俺は本当のことを言っただけだ!」
明来と踪は保健室で喚いていた。
「最っ低……」
「そんなこと言われたって!」
思わず踪は声を荒げるが、明来は溜め息を盛大に吐いた。
「私から見れば、深江の方がよっぽど明るくて元気だよ。たぶん、誰に聞いてもそう答えると思うけど?それに、深江だってそうなろうと努力はしてきたはずだし」
「俺が悪者なのか……?」
「そうだよ!ほら、わかったらとっとと深江を探して慰めてきやがれ!」
明来はそう叫ぶと思いっきり踪の背中を蹴った。
「うわぁっ!!怪我人なんだぞ!?もう少し優しく扱ってくれよ!!」
「うるさい!!深江を虐めた奴に手加減無用だ!!」
「虐めてない!!そもそも慰めるって、どうすりゃあいいんだよ!」
「謝れ、って言ってるの!少しは深江の気持ちを汲んでやってよ。あんたが深江に恋愛感情がないのは知ってる。でも、これだけは事実だよ。深江はあんたのことが好きで、私はあんたのこと何とも思ってない」
明来にすごい剣幕で踪を睨まれ、踪はぐっと堪えると、保健室を去って行った。
それを見送った明来は困ったように溜め息を吐き、自分も保健室を後にした。
「うぅ……こんなことで逃げ出すなんて情けないなぁ……」
深江は公園のブランコに乗りながら、自己嫌悪に陥っていた。
「明来は何も悪くないのに……嫉妬してる自分も情けない……」
そう呟いて、盛大な溜め息を零した。
深江と明来は幼稚園からの付き合いで、誰よりも長い間一緒にいた。秘密もないし、大親友なんて言葉では足りないぐらい、大事な友達だ。
一方で、踪とも小学生からの仲であり、深江の長い間の初恋の人でもあった。
深江にとってどっちも大事な人。それがまさか、三角関係になろうとは。とは言え、明来は何とも思っていないのだから、そこはどっしり構えてしまえばいいのに、勝手に嫉妬して、ウジウジ悩むとかとても馬鹿馬鹿しい。
「明来は可愛いし、明るいから惚れる気持ちもわかるしなぁ……」
思わず、ぽつりと呟く。
「そうだろ。明来の良いところなんて、深江も知ってるだろ」
「っ!?踪!?」
深江のぼやきに答えた踪は、照れたような表情を浮かべると、そのまま隣のブランコに腰かけた。
「その……俺が悪かった……」
「なんで謝るの?どうせ明来に言われたんでしょ?」
「…………」
図星をさされて何も言えない踪と、自分の可愛くない態度に再び落ち込む深江の間に、重い空気が流れた。
しかし、踪は何かを決意したようにぎゅっと拳を握った。
「あ、ああ!そうだよ!どうせ明来に言われて来たさ!」
「…………」
「でもな、不安にさせたのは俺自身で間違いないし……それに……い……ない……」
踪は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
「え?最後の方、聞き取れなかったんだけど」
「だっ、だからっ!ふ、深江のこと……嫌い、じゃない……っ」
「ふふ、上手くいったみたいじゃない?」
「明来姉、良かったね!」
「全く、人の助けがなきゃ素直になれないもんなの?あの二人は」
森川三姉妹は、影からこっそり二人の様子を見守っていた。
もちろん、そんなのは露知らず、深江と踪の間には甘酸っぱい空気が流れている。
「あっ、明来ー!聞いてよ!踪がさ、明来と付き合うって意気込んでるんだけど!」
「あいつは学習しないわけ?深江、気にしなくていいよ。私は何があっても、踪とだけは付き合う気さらさらないから」
結局、深江の嫉妬心が消えただけで、生活はあまり変わらなかった。
―END―
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?