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辞め時

始めるより終わり難き。

飲み屋の帰り際、新しいプロジェクト、パチンコや賭け事、恋愛・・・。

飲み屋に繰り出して夜も更けた深夜。明日は早い。
帰らなきゃいけないのに、楽しくて帰れない。
いやいや、、もうそろそろ帰りたいんだけど付き合い上、先に帰るとは言いづらい。

色々考えて新しいプロジェクトを立ち上げたものの、なかなか軌道に乗らず、このままでは予算を湯水のごとく使い切ってしまう。
次の一手を考えるか、ここらで手を引くか。

ここまで持ち金をつっこんだこのスロット台。
今までの経験上、あと1000円を突っ込んだら全額戻ってくる上にさらにプラスになったこともある。そんな思いを託して何度も1000円を投入・・・。

最初は運命のように惹かれあった恋人たちも時間が経てば嫌なところが目立ち出したりして、挙句なんでこの人と一緒にいるのかなって思ったり、他の人に目移りしたり、、。
でも、なかなか別れを切り出せなくてズルズルと関係だけが続いてしまう。

物事を続けるには、そこに期待があったり、莫大な資金があったり、溢れるほどの愛情があったり。
単純に辞めると言い出しにくい場合もあるのでしょうが、、

いずれにしても始めるのは簡単で終わることのほうが難しいものです。

ただ、こういう終わりが明確なものは決心さえすれば良いのですが、
終わりが明確ではないものというものは、その終わり時は一体いつになるのでしょうか?

ぼくでいう音楽やポッドキャストなんてものはそうなのかもしれなくて、いつまで続けるのだろうか、、という思いが常にあります。

音楽に関していうならば
別にとっくの昔に職業ミュージシャンではなくなっているわけで、
好きでやってるだけなら、やめたいときにやめればいいじゃん!ということになるのですが、果たして音楽が好きなのか?ということすら疑問でもあり、
好き嫌いを超えたライフワークみたいになっております。

そんな『エンディング』が極めて曖昧なライフワークの終わりを、自分で決めるというのはなかなか決心がいるものですね。

聴いてくれている人がいる限り、、というのは一聴するとその通りなのですが、
ごくごく少数の聴いてくれている人たちだけのためにこの先続けていくための労力がどれくらい残っているのか?

ここからさらに状況は良くなるわけもなく、色々なことは目減りしていく一方です。

まぁ、考え出したらキリがないけど、そろそろ考えなきゃならないのかもしれません。

終わりが明確ではないもの。
区切りがないもの。
それ即ち、なかなか終わらないもの。

射精のないセックスのようにダラダラと続く快楽(果たしてそれは快楽なのか?)のようであり、ずっと浸かり続けているぬるま湯のようなものなのかもしれません。

ひとつ言えることは、それは現状に固執しているだけで、いざやめてみて次の角を曲がったら全て忘れてしまって新しい何かがあるかもしれないということですね。

まぁ、そんなポジティブな気持ちは持ち続けていたいものですな。

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