雄蛾・雌蛾・雌鼠
中学生の頃、夏休みになると友達のお母さんの実家があった三重県の紀伊長島町の南、島勝というところに
毎年遊びに行っていました。
海が綺麗で海水浴もできるところだったので、
友達のお母さんが里帰りするついでに息子の同級生を何人かまとめて連れて行っていたのでした。
30年前の記憶なので今はどうなっているのかわかりませんが、
当時の島勝は小さな港があって郵便局と駄菓子屋がひとつあるだけの実に素朴な町で、
友達の母親の実家も昔ながらの日本の家屋でとても良いところでした。
中三の夏、3回目の島勝。
夕方に着いて1泊して2日目の朝。
俊造との出会いは海水浴に行こうみんなで準備をしているときでした。
俊造は友達のお母さんの遠縁の子供でひとつ学年が下。
真っ黒に日焼けして背は低いけど筋肉質、ちょっとシャクレ気味だけど顔をくしゃくしゃにして笑う笑顔が特徴的な奴でした。
俊造はボクらを見て軽く挨拶をして、その後友達のお母さんに促されて一緒に海水浴に行く流れになりました。
話してみると俊造はなかなか面白いというかワイルドというか、なんだかよくわからないけど野武士感のある奴で、
一緒に海水浴をしてても、まぁボクらと全然違うわけです、泳ぎっぷりなんかも。すごく深いところまで潜ったりして。
一緒に泳いですっかりボクらと打ち解けた俊造は
「今日はうちに泊まりにおいでよ」
とボクらを誘い、その日の夜は友達のお母さんの実家と目と鼻の先にある俊造の家で泊まることになりました。
崖を強引に切り開いたようなところに無理やり建てたような家。
大雨が降って崖崩れが起きたら一発でアウトのような細長い家が俊造の家でした。
本人のみならず家もワイルドなのが笑っちゃいます。
家にはお父さんとお母さん、ちょっと太ったお姉さんがいました。
俊造は父親のことを雄蛾(おすが)、母親のことを雌蛾(めすが)、お姉さんのことを雌鼠(めずねずみ)と呼んで
常に反抗的な態度でしたが、ご両親もお姉さんもそんなことは全く気にもせずぼくたちを暖かく迎えてくれて、
海の幸がてんこ盛りの夕食を出してくれました。
食事中、ボクらがお父さんとお母さんと話していると
俊造は横から小声で
「うるせー、そんなこと聞くなや雄蛾っ」
「喋んなや、雌蛾っ」
とちょいちょい茶々を入れてくるので
ボクらは揉め事になるんじゃないかと少しヒヤヒヤしましたが、
ご両親は全くもって俊造のことを無視してスルーしておりました。
もう慣れた光景のようでした。
当時高校生だったと思われるお姉さんは大のジャイアンツファン。
特に緒方選手がお気に入りのようで、ボクらに緒方選手の魅力を切々と説いておりました。
俊造は両親が話しているときと同じように、横から
「うるせー雌鼠、もうその話やめろや」と小声で茶々をいれておりましたが
緒方選手の賞賛が2ループ目に入ったあたりで
突然大声で
「犬を見に行こうぜ」
と言い出しました。
俊造の家では天然記念物(?)として扱われてもいいような立派な日本犬を飼っていて(実際そのような証明書もあった)、
その犬は俊造の自慢でした。
ボクらが立派な犬を見て感心していると俊造は嬉しそうに照れておりました。
とはいえ、俊造がその犬をすごく大事にしているかというとそうでもなく結構雑に扱っていたんだけど。
その後、俊造の部屋にいってボクらはみんなで雑魚寝をしました。
島勝は三重県でいうと南部のかなり田舎の町だったので、
ボクらの育った北部の桑名のことをすごく都会に思えたらしく(実際は全然田舎なのだが)、
色々と学校で流行っていることや女子のことを根掘り聞いては驚いておりました。
そろそろ寝ようか、、という時間になった頃に俊造は突然
「明日、カツオを釣りに行こうぜ」
と言い出しました。
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