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それならそれでユートピア11(客の来ない名店)

車は三重県の伊賀方面を抜け、奈良県に入った。
そのまま五條市に向かい、十津川村に入った頃には15時を過ぎていた。
目の覚めるような新緑の中を十津川沿いを真っ赤なオープンカーは颯爽と走っていた。山深いこのあたりの緑は関東の山々よりもちょっと色が濃く、少し鬱蒼としている。

ナチョスとサトシは昼飯を食べたら車内で適当に寝て、眠りから覚めると前日の酒も抜け一段と元気になっていた。

「ほんとにこんなところにあるのかよ?」
「めちゃくちゃ山の中じゃねーか」
「タンクマンのホームページの住所はこの辺なんやけどなぁ」
「こんなところでタンクトップ専門店なんてよくやる気になったな」
「お客さん来ねーだろ、ここじゃ」
「雄二さん、ちょっと車を停めてもらえまっか?歩いて探しましょに」

3人は路肩に車を停めてグーグルマップをみながらホームページの住所のところへ歩き出した。

「そんなことやるか!なんでそんなことせなあかんや、そんなもん興味ないわ、ボケ」
「ま、ええですわ。また来させてもらいます」
「アホなことぬかすな、もう来んでええわ、ボケー」

木々に覆われた細い道の先から聞こえる誰にでもわかる大声での罵声。
地図が示すタンクマンはその先にあった。
細い道を入っていくと罵声を浴びせられた細身の男は目も合わさずに我々とすれ違い、足早に過ぎていった。

罵声の主は3人が会いにきたタンクマンのオーナーだった。
店の中に戻って行くタンクマンのオーナー(以下、タンクマンとしよう)に
「おーい!」
と声をかけると
誰だ?と一瞬だけ怪訝な顔でこちらを向いた後、3人を思い出し驚きつつ笑顔になって
「なんや、君ら来たんか!!」
スケスケのタンクトップ、皮のパンツで身をまとったタンクマンは嬉しそうに言った。

「タンクマンさん、名古屋からめちゃ遠かったですわ」
ナチョスが答えた。
「あれ?自分ら新宮に行くって言うてなかったっけ?」
「その予定だったんですが、こいつが行きたいって言ったのでお邪魔した次第です」
雄二はナチョスを指差しながら妙に丁寧に答えた。
「こいつはいっつも気まぐれなんですわ」
サトシが続いた。
「名古屋に行ってしこたま飲んでめちゃくちゃ二日酔いになったらすぐに新宮に向かう気分になれへんでっしゃろ?」
「なんや、ようわからんけど、まぁよう来てくれたなあ」

タンクマンは3人を店内に連れて行き、
「アイスコーヒーでええか?」
と言って、めちゃくちゃヌルいアイスコーヒーを3つのグラスに注いだ。

古民家を改装した外観と、良くも悪くもひと昔前の下北沢あたりにある古着屋さんのような物が溢れた店内。壁には鹿の首のオブジェ、模造銃、昔の映画のポスターに故障して動かないジュークボックス、着物を着た骸骨や漫画『コブラ』の主人公が腕につけているサイコガン、サビサビのトロンボーン、テンガロンハット・・・。タンクマンの趣味が炸裂した品々の中に色んなタイプのタンクトップが並んでいた。

「なんか、すごい店っすね」
当たり前のことを当たり前にしか解釈できないサトシが思ったことを口にした。
「こういっちゃなんですが、なかなか辺境の地でこういうお店やっていて、お客さんって結構来るもんなんですか?」
雄二が遠慮がちに言うと
「え、こーへんよ、客なんて」
とタンクマンは当たり前のように答えた。
「ま、他の仕事もしとるからな」
「あ、そうなんすか」
「だいたいからして、タンクトップなんて誰も買わんやろ、ハハハ~」
タンクマンは豪快に笑った。

「そういえばさっき入り口で揉めてませんでした?」
「そうなんや、こないだな村の祭りがあってな、その懇親会で酔っ払ったおれが知り合いの彼女の胸を触ったって、いちゃもん付けだして、その知り合いが若いのを使って俺に詫びを入れに来いって来たんやけど、そんなもん、揉むかボケっ!って追い返したんやわ」
「なんかすごい話っすね」
「おれ、この村で浮いとるから何かと文句を言ってくる奴が多いんや」

「タンクマンさん、このタンクトップのXXXLってありまっか?」
1人で店内を物色していたナチョスが派手な緑色のタイダイのタンクトップを片手に持って店の奥の方から声をかけた。
「そのシリーズはそこに残ってるやつしかないわ」
「ほんまでっか」
「ちゅうか、ウチの店XXLまでのサイズした置いてへんわ、すまんのぉ」
ナチョスは残念そうだったが、巨体なナチョスが派手なタンクトップを着ている図を想像して2人は笑いを噛み締めた。
「ナチョスはホント派手な柄が好きだよなぁ」
「そうっすね」

「君らこれからどないするの?」
「え、なんも考えてないですわ」
「本当だったら今日新宮に行く予定だったんですが、別に今日行かなくてもいいんで」
「ちょっと行ったところにな、古いけどオレの幼馴染みの実家がホテルというか宿屋をやっとって温泉もあるしもちろん酒もあるから、そこで一緒に飲まへんか?そこに泊まってあした新宮に行けばいええやろ?」
「それ、めちゃくちゃええですね」
いつの間にか会話に入っていたナチョスが答えた。

「まぁ、たいしたもんはないけど食ってくれよな。こんな辺鄙な旅館で申し訳ないけど」
「お前が言うな!」
タンクマンの幼馴染みはタンクマンと違ってごくごく普通の身なりの青年だった。


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