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4/6 スターバックス

 給料日まで4日もあるというのに残金が200円になった。ATMに行って少しでも引き出そうと思ってとりあえず500円と入力したら「硬貨は引き出せません」と言われた。どうやら1000円より下の金額は引き出すことが出来ないようだ。僕のお金だぞ!好きに引き出させろ!と思って残高を確認したら77円と表示されていた。

 どうにもこうにも食費を捻出しなければいけないと思い途方に暮れていた。ここのところ気分も最悪で毎日毎日雨が降る前の分厚い雲のようなものが心を覆っている感覚でどうしようも無くなっていた。

 ふとこないだスターバックスの商品券を貰ったままにしていたことを思い出した。しめた。これで一食分は賄える。僕はスターバックスで注文したことがない。本当はあるのかもしれないがもう全く分からないので無いのと同じだと思う。近くのスターバックスに行くと長い行列が出来ていて一瞬ギョッとしたのだけどもその分時間はあるなと思って並びながら“スタバ 注文 方法”と打ち込んだりしていた。実のところ僕は内心ウキウキしていた。心の中では

「おなごもすなるスタバといふものを男もしてみむ」

なんてカス土佐日記の書き出しみたいなことを考えるくらいにはウキウキだった。今までだったら行列の中背がでかい男が1人並んでいるという状況に気圧されてしまっていたのだが今は「食に困窮しているため仕方なく」という大義名分があるためそういったマイナス要素を見ないフリできたからだ。順番も近づき周囲を見渡すと男一人で来店しているのは僕だけで異質で浮いているような錯覚に陥りそうになった。これもスタバのベンティくらいある自意識のせいだと思い首をもたげかけた陰鬱をグッと押したり押されたりしていると順番がやってきた。商品券は700円分だったのでどうせだったら使い切ろうと思ってなんかチョコのフラペチーノみたいなやつを頼んだ。1番でかいやつが1番ちょうどの値段だったのでそれを頼んでまた受け取るために並んでいると急に周りの音が大きくなって会話がクリアに聞こえだした。みんなスターバックスでコーヒー飲みながらスターバックスの新作の話をしている。どうかしてるんじゃないか!?急いでイヤホンを耳に着けて天国旅行のアルバムを聴くことにした。このときの僕は持ち帰りじゃなくて店内飲食にしたことを少し後悔し始めていた。

 商品を受け取って席についた僕がまず驚いたのはその大きさだ。ベンティ、デカすぎる。なんだこれ。なんかバイキングの屈強な男が船旅に出る直前に景気付けで飲んでそうなビールくらいのサイズがある。ここにいる女の人達はみんな海賊だったのか!?思えばスターバックスのあのロゴみたいなやつも海賊船の帆に描かれてるマークみたいだし。と思って周りを見渡すと1番でけえサイズを頼んでるのはどうやら僕だけみたいで僕がこの店に入った時から話している女の子たちは半分くらいのサイズのものを飲んでいた。もしかしてスタバの1番でけえサイズのやつってほとんど頼まれないのか?日に1度出るか出ないかみたいなもので出たその日には「おいおい今日“ベンティ”出ちゃったよ…」みたいな会話が店員の中でなされているのか?嫌だ怖すぎる。
 なんかクリームもめちゃたっぷりでこれストローでどうやって飲めばいいんだよって思いながら大きめに広げられだカップの蓋の穴の中をグルグルとストローを動かしながら僕は飲み始めた。多分あれ傍からみたらティラノサウルスが獲物を食いちぎる時の動きに似ていたと思う。

 ズズ、ズズズズズジュズ…と僕が腐乱に飲み終えた後、することもないので横に座っていたさっきの女の子たちを見る。すると彼女達のカップにはまだ半分以上飲み物が残っている!!そうか!スターバックスの飲み物って一生懸命飲むものじゃないのか!恥ずかしい!あいつ一生懸命飲んでるって思われてる!最悪だ!最悪だ。さっきまでのウキウキはとうに消え去ってもう本当にどうしようもない居心地の悪さが僕の胸をムカムカとさせた。今思えば半分くらいはベンティを一気に飲んだからかもしれないけど。その時の僕からすると突然異世界に迷い込んだような気持ちで、ダメだ。ここは僕には早すぎた。僕なんか低俗な人間が来るべきじゃなかったのかもしれない。そう思いながらそそくさと荷物をまとめて飲んだゴミを持って出口へと向かう。

 回収口、そこにはゴミを分別するようにゴミ箱が分けられていて飲んだカップを捨てる場所はパンパンになっていたのだがみんなそこにさらに無理やりカップを力づくでねじ込んでいてへしゃげてはみ出ているカップ達を見て僕は本当に心の底から良かったと思った。と同時にこんなふうに血まなこで見下せる部分を探している僕自身がすごく嫌になってしまった。
 店を出ると朝方から怪しかった空から雨が降り始めていた。


天国旅行
激突

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