あさひ市で暮らそう35 移住のススメと移住あるある
観光物産協会地域おこし協力隊の江野の秋はイベントが目白押しのため忙しい。それでなくとも忙しいのだが。
特に東京国際フォーラムで毎年行われる『ふるさと回帰フェア』は移住先として旭市をアピールできる絶好の機会であるため気合いを入れている。事前にあさピーのアクリルスタンドを企画作成して「かわいい!!」の周りから高評価を受けたので尚更に張り切った。
都心から最短90分で、市の南側は九十九里浜と呼ばれる海に面し、街中はJRや大型チェーン店などがあり、北側は干潟町万石と呼ばれる田園地帯が広がり、ちょうどいい田舎旭はまさに移住にぴったりだと江野も考えている。
ただし、近隣市匝瑳市や香取市もこれに参加しているため、それだけではアピールに欠ける。そこで江野は『移住体験ツアー』を前面に出すことにした。
今年の夏から始めたこの企画は、見知らぬ地域で新しい生活を踏み出すまでには、さまざまな心配事があるだろう移住希望者に実体験してもらうものだ。お試し体験は、旭市内で二泊三日以上一週間以内の日常生活をしてもらうことにより、移住後の生活をより具体的にイメージし、より良い移住に繋げていくための宿泊体験プログラムである。旭市内の環境や新鮮な食べ物、豊かな自然などを実際に感じ、リアルな旭を感じてもらいたい。
『旭市を感じてもらえれば、一歩リードできる!』
江野は自信を持って東京へと乗り込んでいたかいもあり、たくさんのお客様で賑わったそうだ。
そんなことは知らない洋太は今日も今日で自転車でフラフラとしている。そして、最近良く来る場所へと自転車を止めた。
「すず。かずきは今日はいないのか?」
飯岡バイパス近くにある塗装業かずきの嫁すずは、今日もまたDIYで外壁を加工している。
「おお。縦板が終わって横板に入ったのか。随分と趣きが変わったな。鉄の外観より俺はこっちの方が好きだ」
「洋太君。ありがとう。かずきはちょっと買い物いっちゃったよ。
それより、見てほしいものがあるの!」
作業途中の板を地面に置き、家の玄関へ行ったすずが戻ってくると手にしていたものを洋太に見せた。
「ほぉ。これはまた変わった顔をしたヤツだな」
「でしょう。私んちに来たいって言っているみたいで、ついつい買っちゃった。ふふ」
すずは愛おしそうにそれを見つめた。
「うむ。こいつもすずに可愛がられて喜んでいるぞ」
「洋太君にそう言われると本当な気がするから不思議」
洋太は本当にそれが放つ喜びの気を感じ取れているのだが、すずが知る由もない。
「それにしても、お前のところはいったいいくつのヤツらがいるんだ? わっはっは!!」
「だって、カワイイんだもん。もう数え切れないよ」
そう言うすずの手の中には小さなサボテンが小さな器の中に収まっていた。この家には数多のサボテン多肉植物がある。
「いつかこの子達の子供を扱うお店もやってみたいな」
「改装中のこれがそうじゃないのか?」
すずが主体となってDIYを進めている倉庫の奥は着々と姿を変えていた。
「違いまーす。何が始まるか楽しみにしててね」
「わかった。あいつらにヤキモチ焼かれない程度にほどほどにな」
洋太は窓から洋太を不思議そうに見ているネコたちに視線を向けた後、笑顔で手を振って自転車に跨った。
それから少しばかり遠出をし、しばらくしてから県立東総工業高校前にいた洋太の自転車の前かごには『Egg'S Baum』の「おいもonぷりん」が入った袋がある。
「この前はサツマイモバームクーヘンしか買えなかったから、母さんはきっと喜んでくれるだろうな」
洋太は先日「おいもonぷりん」が金曜土曜日曜の限定品とは知らずに行ってしまい空振りしたのだが、代わりにと買っていったサツマイモバームクーヘンが美味しかったため、尚更にそのプリンが食べたくなっていた。
水萌里の喜ぶ顔を想像して洋太はニヤける。
店を出て干潟駅方面へ向いセブンイレブンの前の国道を横切ると、駅前テナントの一角に細面で小綺麗にした男が大きく背伸びをしていた。洋太は何となしに自転車を止める。
「何をしているんだ? あ……」
洋太は慌てて口に手を当てた。水萌里に「やたらと人に話しかけてはいけない」と注意されているのだが、つい目に付くと聞いてしまう。
その男はキョロキョロと見回して、自分だけしかいないことを確認すると自分に指さした。
「俺? えっと……背伸び? かな? お客様を待っているんだ」
頭を上げると何やら横文字で書かれているため首を傾げる洋太はまだ横文字には弱い。
「『ラ・デビュー』って読むんだ。俺のことは『ディ』と呼んでくれ」
「何の店だ?」
見知らぬはずの洋太に気さくに答えてくれたその男ディに洋太は気兼ねなく聞いた。
「美容室だよ。男性もやっているからカットしてく?」
「ああ。これが母さんが言ってたやつか。俺たちは引っ越ししてきたばかりで母さんが美容室とやらを探していたんだ。母さんに言っておくよ」
確かに水萌里は「どこかいい美容室はないかしら?」と言っていた。引っ越しして数ヶ月の『移住あるある』である。
「おお。よろしく頼むよ」
「松岡さんっ。予約の電話です。二時でいいですか?」
扉を開けてディと同じ年頃の女性がディに話かける。アシスタントの女性のようだ。
「ああ。それでいいよ。じゃあ、また」
ディは洋太に手をかざして店に戻って行った。
「息子に聞いたんですけど、ここはディさんの美容室ですか?」
遠慮がちに美容室『ラ・デビュー』の扉を開けた齢四十ほどの水萌里にディと呼ばれて店主松岡が恥ずかしい思いをしたのはそれから数日後のことであった。
『ルフィみたいでかっこいいと思ったんだけどな。実際口にされると……あははは……』
店主松岡は漫画『ONE PIECE ワンピース』の大ファンで、店内に漫画本が並んでいる。読みたい方は是非どうぞ。
時々スベるけど気さくで腕は確かな店主と気が利いてよく働く女性店員のお店『美容室ラデビュー』は干潟駅近くで今日もオープンしています。
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