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あさひ市で暮らそう22 跳ぶ日本画家

 現在、銀座通りまちかどギャラリー銀座にて、椎名保先生の日本画と、先生の開催する絵画教室の生徒さんたちの絵画展が開かれています。
 10月28日までの短い期間です。
 椎名保先生の日本画がちょー近くで見ることができる絶好のチャンスです。

 ☆☆☆ 

 真守は旭中央病院の正面エスカレーターの脇からほうけていた。そこから見える巨大絵画には旭市がほこる景色が誠に見事表現されている。

 真守がその絵の存在を知ったのは市役所内に設置されている棚に並ぶ三つ折りパンフレットであった。市役所窓口で受付を済ませソファに座ると暇つぶしになるだろうと思って手に取ったそれを広げた。

――椎名保――光と風をテーマに、四季折々の美しい自然との感動を描き続けていきます――

 そう書かれている下にはオーロラの絵が降り注いでくるかのような迫力で描かれていた。そして左側には日本の象徴富士山と季節の象徴秋の紅葉、そして光の象徴森林の輝きが載せられていた。

『これはすごい。きっと間近で見たら迫力があるだろうな』

 真守は特に星空とオーロラが描かれた絵が気に入りしばらく見てから、ゆっくりとパンフレットの右側を開いた。
 見ただけで震えてしまう寒さを感じる雪道、天から神が降り立ってきそうな光、夏の眩しさで元気が出そうな草原と森。そして見開きの両面を使ったオレンジ色の絵画。

「あら? それ中央病院の絵ね」

 隣にいた老女が真守の手元を見ていた。

「中央病院って旭のですか?」

「そうよ。病院に行けば誰でも目にするわよ。見たことがないなら絶対に一度は行くべきね」

 少しだけだが神力のある真守は体が丈夫なので病院とは縁がない。

 用事を済ませると旭中央病院へと赴いた。少し影暗い回転扉を抜けて右手に進む。パアと明るく開けたロビーには人が溢れていた。キョロキョロと絵画を探し歩く真守の目に入ったのは窓に映るオレンジ色。真守がゆっくりと振り返るとそこには想像を絶するほどの大きさの絵画が二枚飾られている。
 真守は上を見上げてぽかんと口を開け止まってしまった。

 飯岡刑部岬の横の海から登る朝日は神々しく輝き、真守に向って伸びる光を受けて後ろに倒れそうになるのを腰を入れて耐えた。そそり立つ屏風ヶ浦びょうぶがうらも朝日に敬意をはらい直立不動で、黄色を中心とした配色のそれは旭市を照らすそれだった。
 ふらつきを抑えながら進み隣の絵に目を向ける。沈みゆく陽は赤で表現されており、霊峰富士が直視で見守る最東の街旭市を象徴するその姿に真守は思わずガタついていた膝をシャンとさせた。すでに夜を迎えている飯岡の街とまだ陽を受けている旭中央病院とのコントラストが美しい。

 真守は誰に言われたわけではないが、中央エスカレーターに足を向けその踊り場でそれを眺めたのであった。

 そんな椎名保が旭市内で絵画教室を開き、そのメンバーとともに楽画会という日本画と水彩画の作品展を銀座通りにある『まちかどギャラリー銀座』で開催すると聞きつけた真守は当然のように初日に駆けつけた。ギャラリーの反対側にある銀行の駐車場に車を停め、ドキドキと高鳴る胸を抑えて歩を進める。

 この『まちかどギャラリー銀座』は旭市の中心市街地の活性化を目的とした、美術作品等の展示・鑑賞及び多目的に利用できる市が運営する施設で無料で利用できるギャラリーである。

 入る前にまずは題字のスゴさにおののいた。
『椎名保絵画教室楽画会作品展』
 はらいの力強さと細い線のアンバランスさの均衡が題字というより芸術品という雰囲気を出している。
 
 それを横目でみながら入り、入口の受付で名前を書く。

「お題字は書家『平山爆風』先生に書いていただいたんです」

 真守が題字に興味を持ったことを悟った受付の女性が説明してくれる。

「なるほど。納得できました」

 書家『平山爆風』は旭市芸術家サークル『あさげー』でも活躍する芸術家の一人だ。彼の作品は令和五年十二月に『光と風 飯岡刑部岬展望館』の二階展示室でもよおされる『あさげー作品展覧会』で見ることができる。

 室内に入ると端から一点一点目を向けた。

『みなさん上手いなぁ。光の陰影が素晴らしい。水の流れがキチンと描写されている。水の冷たさが伝わってくる』

 作品はコの字に展示されて背中側の絵も丁寧に目を通した。

 そして角を曲がると真守はピタリと足を止めた。

「しししし椎名保先生!」

「あ、どうも。来場ありがとうございます」

 笑顔で気軽にペコリと頭を下げた年嵩としかさの紳士椎名保は自身の作品の前にいた。

「ははははじめまして。田中です」

「あ、はじめましてなんですね。ははは。この年になるとどこかで会った人の多さと覚えていられる数とが合わなくて」

「いえ、椎名先生ほどご著名ちょめいな方なら挨拶されることも多いので致し方ありません」

「あはは。そんなこともないんだけどね。まあ、ゆっくりと見てください」

 椎名保は観覧のさまたげをしないために後ろに下がった。真守はペコリと頭を下げると絵に向き合う。

「ほっわぁ……」

 小さな感嘆の声を洩らした。富士山の絵画二枚が並びその真ん中に月の絵画が鎮座している。
 言葉を失いそれらに見入っていた真守に椎名が声をかけてきた。

「どちらが好き?」

「え? あ、僕は左の絵が好きです。雲海から抜け出した力強さと凛々しさ、あれを登れたら自分もそうなれると思わせてくれます。
でも、右側の清く上品な様子も素晴らしいです。そして、それを見守る月がまた素晴らしい。富士山より遥か高見から見守ってくださっているようです」

「左側は最初に頭に浮かんだ姿なんだけどね、描いている間にこの赤い富士もえがきたくなったんだ。配置まで褒めてもらえて嬉しいよ」

 椎名は美術学生時代の話などをし、真守はこの上なく幸せな時間を過ごした。

「だけどね、僕の本当の自慢はこれじゃないんだよ。実は五十年も抜かれていない僕の記録があるんだ
毎年中学生の大きな大会北総地区大会というものがあるんだけどね、その男子幅跳びの記録四メートル八十五は未だに塗り替えられていなくて、記録保持者として僕の名が残っているのさ」

 少年のように無邪気に笑うお茶目な椎名保のおおらかで柔和にゅうわな雰囲気に真守はふっと肩の力が抜けた。

「椎名先生は風景画が多いですけど、千代の富士関の肖像画も描かれたのですよね?」

「よく知ってるね。でも、あれはなかなか見る機会がないでしょう。ケータイの写真でいいなら見る?」

 軽快に操作してその貴重な画像を気さくに見せてくれる。真守は戸惑いながらも覗き込んだ。

「かっこいい!」

 ☆☆☆
 ご協力
 楽画会様
 日本画家 椎名保先生
 書家 平山爆風先生
 あさげー様
 まちかどギャラリー銀座様

 先にも書きましたが、作品展は今週いっぱいです。無料なので是非足を運んでください。
 写真は椎名保先生からいただき、掲載許可をいただいております。

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