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あさひ市で暮らそう62話 こだわりの〇〇

「外行きたあああああい!」


 なぎさは空に叫ん…………でも誰にも届かないので隣で調理に励む母親にうったえていた。ここは神宮寺にある『やき鳥屋でんえん』の調理場である。眼前がんぜんに広がる広々とした田園でんえんに叫んでも誰も応えてくれるわけがない。――あら、店名の由来ってこれかしら? 今度店主様にお会いしたら聞いてみます――

 何度か聞いたその愚痴に母親はため息を吐いた。


 幼い頃のなぎさは店の近くにある小学校に通っていた。田んぼの間を抜けていく通学路は気持ちいいほど真っ平らで遠くにあるはずの学校が見えてしまう。旭市の北側は『干潟八万石』と言われるのは主に国道126号線の北側なのだが、肥沃な大地は海岸近くまで広がっていて、国道からかなり南下したこの地域も田園地帯である。

 小学校では「学校のまわりに何があるか調べよう」という社会の授業があるのだが、富浦小学校では100メートル離れてしまうと田んぼしかないので、笑ってしまうほど田んぼしか書かれていない地図ができあがる。それほどのんびりと広々とした地域だ。

 

 だが、なぎさは中学校時代をなんと北海道で過ごした。いくら旭市が平らに広がっていて空をさえぎるものが無いといってもまさか北海道に勝てるわけもなく、なぎさは更に大空を求める性格になった。

 

 高校進学にあたり旭市に戻ってきたなぎさは、母親がやき鳥屋であったため自然に食について学べる学校を選ぶ。

 旭市には高等学校が二校あるが、どちらも専門性を持った学校である。それらについてはまた改めて紹介したい。

 自己紹介で「中学時代を北海道で過ごしました」と笑顔で言うなぎさは瞬く間に多くの友達をゲットした。


 兎にも角にもなぎさにとって母親を手伝うことは当然の選択で疑問を持つこともなく高校卒業後は率先して手伝った。『やき鳥屋でんえん』は弁当も請け負っていて、朝から二人で忙しく働く。弁当が終われば店の仕込みだ。


「それなら、少し散歩でもしてきな」


 ため息を吐きながらも娘の言葉を無視はしない母親に哀し気な目を向けた。


「そうじゃないってわかってるくせにぃ」


「だって、なぎさがどうしたいかわからないんだもの。外に働きに出ていいって言ってるでしょう。なぎさの学校も終わったし、店はのんびりやったっていいんだから」


「店に不満は無いんだよ。配達も行ってるからお散歩はいらない。そうじゃなくてさあ。空の下で働きたいなあって」


「そういう仕事探せばいいじゃないか」


「でも、食べ物関係は離れたくないの! ………………あ……キッチンカー、よくない?」


「はあ? いったい何を出すのさ?」


「それはこれから考える! みんながウキウキして買ってくれるものをやりたいなあ」


 こうしてあれやこれやと考えた結果、なぎさの出した答えは『ホットドッグ』だった。それからというもの、あちらこちらでソーセージを買ってきては試食、持ち帰りはアツアツで食べるわけではないかもしれないと冷まして試食。やっと好みのソーセージを見つけたが、今度はパンに悩むことになった。そこに母親からの助け舟が入る。


「私の知り合いがパン屋さんのお嫁さんだよ」


 それが『フランス屋』であった。早速さっそくソーセージを持って赴おもむき会長に相談するとこだわりの五穀パンを進められた。食べてみると小麦だけのパンにはない香ばしさとソーセージの香ばしさがとてもマッチした。さらにはベーコン用にクロワッサンを勧められたのだが、ほんのりとした甘さとベーコンの塩味えんみがグッドパートナーであった。


 ホットドッグの調理練習やらキッチンカーの手配やら弁当終了のお知らせやらをしているとあっという間にオープンとなった。

 まずは練習がてら『やき鳥屋でんえん』の前で。数日やっているとお客さんから『道の駅季楽里あさひ』での出店を後押ししてもらえた。初外出店当日は母親に手伝ってもらいながら営業したが、なぎさは緊張のせいか、夕方までしっかり働いたのにほとんど何も覚えていないという初々ういういしさだ。


 そんな順調に見えた『ワンセブン』であったが、まさかの落とし穴があった。やっと見つけた加工肉店が閉店するというのだ。さすがにこれにはショックを受けたなぎさは明るさを忘れてしばらく過ごしたが、それでもキッチンカーは続けたいし、こだわりは捨てたくない。なぎさのソーセージ試食の日々が再びスタートする。いくつも食べて納得する商品に出会えたときは母親と一緒に涙が出そうなほどに喜んだ。


 時々、イオンタウンの近くの空き地で出店していると自転車で通りかかった洋太は目を輝かせてやってくる。


「なぎさ! ベーコンライスドッグ一つ!」


「はぁい!」


 キッチンカーから可愛らしい返事が聞こえた。


「久しぶりだな。普段はどこにいるんだ?」


「月に何回かはフランス屋さんの駐車場で出してます」


「おお! あそこのナポリタンサンドは美味いな」


「わかりますぅ! 私もあれ大好きです」


 二人はパン談義に華を咲かせる。


 

 ☆☆☆

 ご協力

 ワンセブンホットドッグ様

 フランス屋様


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