見出し画像

あさひ市で暮らそう60話 桜十選

 車から降り立った一夏いちかが見上げた先は桜が見事に開花していた。


 どこまでも続きそうな桜並木の向こうには池の水面みなもが揺れていて、その上を色とりどりの魚たちが大きな口を開いて並び華やかさを添えている。旭市の袋公園は千葉県の桜十選にも選ばれるほどの景観で昼間には散歩を楽しむ人々が多く訪れ、夜には釣り提灯が灯り、四月に開催される桜まつりでは毎年たくさんの人々が春を満喫する。


 桜まつりを数日後に控えた春の晴れた日、一夏は『袋公園』に来ていた。


「次にむすめと来るのはいつになるのかしら……」


 ここで娘の成長を楽しんできた日々を思い出し、鼻の奥にツンとするものを感じる一夏であった。


 袋公園の北側にある遊具施設は桜に囲まれていて幼い子どもが遊ぶ場所になっている。遊具の使い方も知らない娘がトテトテと自由に歩いていく。時に止まり不思議そうに何かを見つめたり自分より少し大きな子どもたちがはしゃぐ姿を見たりしている。滑り台が空いているのを見た一夏は娘を抱き上げてそこへ向かった。一夏の身長で届くところに座らせて両脇を抱えたままおしりを滑らせてやるとキョトンとした顔を向けてきた。


「も一回やろっか」


 慎重派の娘が急にはしゃぐことはないことを知っているので何度か繰り返す。そして下で下ろして手を離すと滑り台の座り部分につたない足取りで向かった。どうやら楽しかったらしくまだねだり方を知らない娘はそこに手をついて一夏の顔を見てきた。一夏は破顔して再び抱き上げる。


 保育園にあがるとその帰りは南側にある芝生公園へ遊びに行くことが多かった。滑り台の使い方をすっかり覚えた娘ははしゃいで遊び回る。一夏の手を借りなければ滑り台も楽しめなかった娘はもう一夏が追いつくことがたいへんなほどになっている。

 公園の南芝生広場のいくつも滑り台がある大きなジャングルジムも怖がることなく遊んでいる。


「こっちきてぇ」


 呼ぶ娘は遊具の隙間からそっと覗いていて「こっちきて」は探せという意味らしい。


「声はどこからしてるのかなぁ?」


 可愛らしいお誘いに乗ってあげるとクスクスと小さな笑い声を必死で隠す。


「みつけたぞぉ」

「きゃあ」


 大喜びで逃げる娘を追いかけながらその成長を嬉しく思ったのはつい最近だと思っていた。

 

 自転車の練習もここであった。補助輪をつけた自転車を一生懸命に漕ぐ娘に追いつけないが、舗装道は芝生面を囲む形でできているので娘を目で追うことは簡単にできるため安心して手を離すことができる。

 補助輪を外したばかりのときは芝生面で何度も転んだが、起き上がることに手を貸さない一夏をわかっている娘はチャレンジの目で立ち上がる。一人で乗れるようになると舗装道を飽きもせずに何周もしていた。


 小学校にあがると友人の娘を連れて二人で遊んでもらう。ベンチで二人の様子を見ながら体力的にも無理だなと自分自身に苦笑いをこぼす。


 中学生になり親と遊ぶこともなくなる。それをうれいた一夏は外食の帰りに夫と娘を夜のお花見に誘った。娘は思いの外快諾した。駐車場から釣り提灯の灯りが見え、それだけでも高揚感を覚えた。


「さっむっ」


 一夏の腕に絡みついてきた娘を嬉しく思いながらうながす。


「お父さんも寒いでしょう」


 娘を真ん中にして腕を組んで歩く。小さな滑り台とブランコが見えると娘が手を離して走り出した。


「懐かしい!!!」


「ふふふ。本当に覚えているの?」


 娘がブランコに揺られ始めたのに誘われるように夫が隣のブランコに立ち乗った。一夏はそれを微笑ましく見ていた。

 ひとしきり遊ぶと夜のお散歩を再開。


「すごいね」


 三人でそれぞれの携帯で写真を撮っては見せ合い自慢し合いながら歩を進めた。南側の遊具にたどり着くと自然に鬼ごっこがはじまる。


「貴女に勝てるわけないじゃないのぉ」


 『娘はアスレチックコースから落ちたらダメ』というルールをもぎ取り一生懸命に追いかけた。からかう素振りの夫と娘と笑いながら楽しい時間を過ごした。


 それからは毎年桜の花見は家族の楽しみの一つになっていた。


 だが、この春、一夏の娘は大学生になり県外へと引っ越していったのだった。


「私が子離れできてないわ……」


 池の中央に架けられた長い木製橋のど真ん中にある四阿あずまやに腰を下ろしこいのぼりを見ていた一夏はそっと目元を拭う。


「おまたせぇ!」


 一夏の隣に水萌里が座った。


「やだ、一夏さんったらまた泣いているの?」


「だってぇ……」


「娘さんの分も私が付き合うわ。だから、ね」


 水萌里は買い物袋を開けると『あさピー焼き』を取り出して一夏に手渡した。


「わざわざ季楽里に寄ってきてくれたの?」


 あさピー焼きは道の駅季楽里で売っているたい焼きのようなおやつだ。


「花よりあさピー焼き、でしょう? うふふ」


「明日はここで桜まつりがあるのよ」


「それは楽しみだわ」


 二人はあさピー焼きを二つずつ平らげた。


「おまつりの出店は楽しみね」


 大きな舞台も設置されたくさんのお客で賑わうことだろう。


 今年もソメイヨシノと八重桜の700本の桜並木と80匹の鯉のぼりがみなさんのご来場をお待ちしております。

 


 ☆☆☆

 ご協力

 道の駅季楽里様

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?