オウムになる。

人生の絶頂は気がつかないうちに去っていっていつのまにか緩やかに下降していてそれにも気がつかなかった。
なんとなく私の人間関係の作り方の違和感を覚えていっていろんなものをいつのまにか失ってやっと気がついた。
愚かだからこれが初めてではない。
今気がついたことは、私が求めていることを相手も求めているのだ。
受け止めること、それが欠けていたのだ。
自分が意見をするのではなく持論を展開するのではなく、ただ相手を受け止めること、それこそ私が今最大に失っていることだ。
私っておしゃべりなのに話が下手くそなんですよねと上司に相談したことがあった。
その時もらったアドバイスはオウム返しをするといいよ、ということだった。
私にとってはなんだそれ、馬鹿だと思われるだろ、自分の意見がない奴になりたくはないと思った。
でも違う。意見を言わないことは意見がないことではない。
オウム返しをすることは、受け止めていることをわかりやすく表現しているのだと思う。
私の考えはどうだっていいのだ。
私は他人に何か話す時意見を交えるのもそれはいいのだけど、受け止めてほしいのだ。
だから私は今この現実を深読みすることもなく悲観することもなくただ受け止めよう。
受け止めて、あとから熟考したらいいのだ。
その場しのぎの刃ではなく、というかそもそも刃はいらないのだ。ただ内包する、そんな人間を目指したい。

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