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誕生日


 誕生日は、好きじゃない。寧ろ嫌いだ。

 体は女性なのに男性に成りたくて、好きな相手は女性。いわゆる性同一性障害、もとい性別不合の俺は、自分の誕生日の祝い言を素直に受け止められる余裕が、ない。

 こんな体で、こんな人間として、生まれたくなかったのに。みんながこんな俺の誕生を祝福するから。苦しい。

 かといってたかが俺なんかの為に一生懸命折り紙や粘土を使った工作の作品をプレゼントしてくれる幼い妹や、少ないと嘆いているバイト代を惜しまずに山のようなお菓子を送ってくれる友人達に、祝うな、なんてとても言えない。

 だけど年に一度の頭の痛いその行事は、俺が高校を卒業して、県外の大学に進学すると、無くなった。



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「そういえばアオイの誕生日って、いつ?」
 大学二年生の初夏。レインボーサークルで知り合い、お付き合いさせていただいている河井怜央にそう訊ねられ、咄嗟に言葉が出なかった。
 ちなみに「アオイ」はサークル内で呼ばれている偽名だ。
「えっと……」
「言いたくなかったら、言わなくて良いよ」

 性的少数者のことを理解し、支援するアライを志している河井は微笑んだ。食堂に差し込む真昼時の白い光に照らされた河井は、神々しく見えるくらいに綺麗だった。

「私も自分の誕生日が嫌いだから」
「え?」

 河井は学食のうどんを啜り、手で口を隠して言葉を続けた。
「自分だけが主役で、自分だけが幸せな日って、なんだか気持ち悪くて。世の中には幸せになれない気持ちの人もいるのにって」
「……そう。俺は誕生日が嫌いだった。いや、違うな、過去形じゃない、今も嫌いだ」

 いつも真摯に真正面から向き合ってくれる河井になら、言ってみてもいいかもしれない。そんな気分になった。

「大学を卒業して、性別適合手術をして、自分が成りたい自分になれたなら。……その時初めて、誕生日が幸せな一日になる気がしてる」
 日に照らされて、河井の長い黒髪が光を反射して輝いている。
 ずっと側にいてほしい。いさせてほしい。

 人生で初めての「自分だけが幸せな誕生日」を祝ってほしい。

 結局そこまでは言葉に出来なかった。自分のことだけで未だに手一杯の俺が、なにをふざけたことを、と頭の片隅で思ってしまったからだ。

「きっと、なるよ」
「うん」
 河井がそう言うなら、不思議なことに幸せになれる気がした。

 明日の自分のことも、よくみえないくせに。

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