見出し画像

君のために(ボツ)




 ゼミ仲間との飲み会の帰り道、イヤホンで音楽を聴いていると突然、曲が止まった。同時にポケットの中でスマホが激しく震えている。
 歩みを止め、スマホを手に取る。画面には、着信を知らせる画面が表示されている。発信主は奏志だった。
「んー、どした?」
「なんとなく声が聞きたくて」
 耳に直接奏志の声がかかるのがくすぐったい。奏志の向こうから、大爆笑している声が聞こえる。聞き覚えのある芸人の名前も聞こえ、察した。お笑い番組を見ているらしい。
「その番組、面白い?」
「あ、聞こえてる? すっごく面白いよ! 大阪から来た芸人さんはやっぱ面白くって。大阪弁ってなんであんなにテンポよく聞こえるんだろ」
 や行の語尾がキレよく聞こえるのかもしれない。そもそも早口の人が多い気もする。あとは擬音を多用していることとか。うちの親戚はみんな兵庫県民だけど。
「愛音は今、何してるの?」
「飲み会の帰り」
「……飲み会とか行くんだ」
 楽しそうな声が一転、低い声になった。
「いいなあ、僕も早くハタチになって、愛音と飲みに行きたい」
「拗ねるなよぉ。ハタチなったら、一緒に飲みに行こ。今日はゼミの教授主催だから、行くしかなかったんだって」
 大人数での飲みの場は、正直大の苦手だ。特に男性が恋愛対象の女性がいる場は。
「もしかして、結構呑んでる?」
「んーん」
 頭はふわふわしているが吐き気はない。足取りも若干怪しいけれどまっすぐだし。ただ、普段よりも夜風が寒く感じ、瞼が重いだけ。それだけだ。
「呂律怪しくない? どれだけ呑んだの?」
 そう尋ねられ、指折り数える。
「えっと……まず乾杯のビールだろ、その次もビールを……二、三、四杯と……最後にハイボールを一杯」
 合計で六杯だった。
「……僕まだ未成年で、お酒呑んだことないから分からないんだけど。六杯ってだいぶ呑んだ方じゃない?」
 溜め息混じりに奏志が言う。
「んー、でもまあ、いつも通りだし」
 バイト終わりに合流したからか、疲労もあっていつもよりも体が重い。さすがに気を抜くと寝てしまいそうだから、二次会は遠慮して今こうして一人夜道を歩いているわけなのだが。
「愛音?」
 そろそろ限界かもしれない。
 電柱にぶつかり、スマホを地面に落とした。それを拾おうとして屈んだところ、頭がくらくらして立てなくなった。
「ちょっと! 愛音! 大丈夫?!」
 落とした時にスピーカーにしたのかもしれない。有線のイヤホンが外れている。奏志の声が頭に響いた。
 こんなことなら俺も居酒屋までタクシーを呼んでもらえば良かった。酔い醒ましを兼ねて、歩いて帰ろうとするんじゃなかった。
 奏志の声が遠くなっていく気がする。俺の名前を呼ぶ声が。
「愛音サン?」
 不意に、すぐ真後ろで聞こえた。
「……きむら?」
「あらぁ。どれだけ呑んだんスか。お酒弱いくせに」
 呆れ顔で立つ、チャラ男がいた。その手に俺のスマホが握られている。
「木村さん……って、花火大会の時に会った?」
「あー! てことは、もしかして……愛音サンの恋人の! マツさん!」
「あ、はい。松林奏志です」
 電話越しにチャラ男の勢いに押され気味の奏志の声がする。よく知る人が偶然だろうが通りかかってくれて、気が抜けた。電柱に寄りかかって目を閉じる。
「愛音ってお酒弱いんですか? さっき六杯呑んだって言ってましたけど」
「え? あっはっは! 無理無理! 愛音サン、ビール一杯で顔真っ赤ですよ!」
「そうなんですか?」
「多分、カッコつけたかっただけじゃないっスかねぇ。もしくは酔いまくってて、分からなくなってるか」
「へえ」
 分かってるなら言わないでほしかった。いや別にカッコつけたいとかそういうことじゃなくて。たった二杯でふらふらになっているのが恥ずかしいだけだ。
 彼氏と友人が仲良く話している声を聞きながら、つい、安心して意識を手放そうとして。
「そんじゃ、オレが責任持って愛音サンを家まで連れて帰るんで!」
 不意に聞こえた言葉に意識がハッキリした。
「ちょっ! え!?」
 抗議の意を込めて立ち上がると目が回った。猛烈な吐き気が込み上げてくる。
「あ、あー……愛音サン」
「愛音、大丈夫?」
 大丈夫では無かった。
「それじゃ、松林サン。通話切ります」
「待って。……愛音って、家族と暮らしてるの?」
「はい、実家暮らしって聞いてますよ。あんまり家に両親帰って来てないらしいっスけど」
「じゃあダメだよ! 僕が行く!」
「い、いやいやいや!? もう時間遅いっすよ! 日付け変わってるし」
「誰もいない愛音の家に他の男が入るなんて、絶対許せない!」
 奏志は何を取り乱しているんだろう。両親がいなくても、妹がいるのに。
「浮気者!」
 心外すぎる。
「オレ普通に女の子のが好きですし。愛音サンは友人として好きっスけど、一応」
「一応って、なんだよ」
 さすがに聞き過ごせなかった。
「愛音のこと好きって言った! この男!」
「ねー愛音サン。少しヒステリックな彼氏っスか?」
「いやあ、多分違う」
 俺のことが好きすぎるだけなんだよ。なんて、酔ってても言ってやんない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?