紅璃 1
遥か遠く、この星よりも更に遠く。
そのまた遠くに、その星はあった。
緑豊かな大地。
大いなる海。
空には太陽。
穏やかさがそこにはあった。
これは、そんな星でかつてあった出来事。
/*
あたしヴァンパイア
いいの?吸っちゃっていいの?
「もう無理もう無理」なんて 悪い子だね
試したいな いっぱいで吐きたい まだ絶対いけるよ
いいもん 悲しいもん 切ないもん
きみのすべてを喰らうまで 絶叫
*/
美しく荘厳な教会。
優美にして堅牢たる王城。
多くの人々行きかう、騒然としながらも整然たる町並み。
かつて栄華と繁栄を誇った面影は、しかして既にそこにはない。
ただ、見渡す限りの瓦礫。
未だ息絶えぬ生命を燻すがごとき黒煙が、あちこちから立ち昇っていた。
「あれ? この子ももう終わっちゃった。
血液はまだ残ってるんだけど、命の方が終わっちゃったみたいね」
山と積み上がった瓦礫の城の上に腰掛けた少女は、
つまらなさそうに言ってそれを放り投げた。
「・・・もう・・・やめて・・・くれ・・・」
投げ捨てられた、かつて共に旅した仲間の亡骸を受け止めようと、
少年は駆け出そうとして。
そのまま、血溜まりの中に再び倒れ込んだ。
歩くための足は既にない。
彼女に千切られたから。
這うための腕は既にない。
彼女に千切られたから。
そんな少年を見て、少女はとても愛おしそうに。
心の底から、ありったけの親愛を向けた笑顔でそう言った。
「どうして?
そんなことないよ、まだあなたが生きてるもの。
ね、頑張ろう♪」
その鮮やかな銀髪と、禍々しき黒翼を揺らし。
美しき少女は、少年の眼前に降り立った。
その星は、平和だった。
緑豊かな大地、大いなる海。
"人間"と呼ぶべき彼らは、勇気と知恵を手に日々を生きていた。
それは昼の国。
その星を二つに分かつ絶対の境界。
太陽の光に守られて、彼らは永き安寧を享受していた。
それは夜の国。
その星を二つに分かつ絶対の境界。
太陽が沈み、静寂と暗闇が支配する時間。
夜の帳に守られて、彼らは永き安寧を享受していた。
人間に比べ、気が遠くなるような寿命と
圧倒的な力を持つヴァンパイアが支配する夜の国。
互いに相容れない存在ながらも、互いの領分を絶対としていたが故に、
彼らは互いを許容することができていた。
それはずっと続いていく、不可侵の誓約。
真銀の月が高く昇ったその日。
彼女は産まれた。
「可愛い女の子よ。この子はきっと美人になるわ」
「困るなぁ、今から僕は気難しい父親にならなくちゃ。
ずっとお嫁になんか出したくないなぁ」
「まぁ。お父様がこんなことを言っているわよ。
あなたは苦労するわね、"レティシア"」
/*
あたしヴァンパイア
求めちゃってまた枯らしちゃってほらやな感じ
泣いて忘れたら「はじめまして」
あたしヴァンパイア
愛情をください まだ絶対いけるよ
*/
「どうして…?」
切掛は些細なことだった。
彼女はただ、愛する母親のために行動しただけだった。
そうして、偉大なる夜の民を灰へと還す陽光を浴び。
彼女は、そうはならなかった。
「どう…して…?」
呆然と空を見上げる少女に、答えはない。
「ね、ねえ…。あたし…」
そこは夜の国。
その星を二つに分かつ絶対の境界。
太陽が沈み、静寂と暗闇が支配する時間。
夜の帳に守られて、彼らは永き安寧を享受していた。
故に。
戸惑いながら、震えるように伸ばされた手。
少女の、白くか細い手。
陽の光に照らされた、小さな手は―――
「ば…化物!」
「化物だ!!」
「こ…殺せ!!!化物だ!!!化物を殺せ!!!!」
―――取られなかった。
「誰もいなくなっちゃった」
そこは夜の国。
その星を二つに分かつ絶対の境界。
太陽が沈み、静寂と暗闇が支配する時間。
今はもう何もない。瓦礫と血溜まりだけが存在している。
永遠に時間の流れることのない、ひとりだけのおうこく。
「…そうだ、まだ人間がいるわよね。
あたしは昼も動けるんだから、人間と遊べばいいんだわ。
うん、名案♪」
/*
きみもヴァンパイア
求めちゃってまた枯らしちゃって今何回目?
星が見えるような泡の中で
きみもヴァンパイア
延長をください まだ絶対いけるよ
きみもヴァンパイア まずはこっちおいで
*/
「…また誰もいなくなっちゃった」
それは昼の国。
その星を二つに分かつ絶対の境界。
太陽の光に守られたそれは、既にない。
緑豊かな大地。
大いなる海。
空には太陽。
そこは、たったひとりだけのほし。
銀の髪を靡かせて。
真紅の瞳を爛々と輝かせ。
鋭い牙をむきだしにして。
彼女は楽しそうに笑った。
「でも、セカイはここだけじゃないし。
そうでしょ? そこのキミ」
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