紅璃 2

ロアテラを倒した時。
私は願いを叶えた。悪を倒し、世界を平和にするという願い。
紅璃は願いを叶えた。奪われた力を取り戻すという願い。

「あたしからのお礼よ。
 何かひとつ、カイエの願いを叶えてあげる。
 何でもいいのよ?
 不老不死だって、星の支配だって、時間逆行だって」

そういって笑う紅璃は、本心で言ってくれたと思う。
純粋に、私のためにいってくれたのだと思った。

「私がお前に願うのは、そうだなぁ―――」

我が家には、ヴァンパイアがいる。
何を言っているのだと思う人もいるだろう。
いや、ほとんどの人はそう思うだろう。

創作で有名なそれは、空を飛んで、牙があって血を吸って。
十字架や銀にも弱くって、太陽を浴びると灰になる。
だが少し待って欲しい。
うちのヴァンパイアは違うのだ。

煌めく銀糸の髪を二つに結んでいて、それから小さな羽があって。
瞳は真紅よりなお紅くて吸い込まれそうになる。
それから(遺憾だが)私よりスタイルが良い。
十字架も銀も効かなくて、太陽すら気にせず平気で出歩いている。
ちょっとすごいだろう。なんせ水着で海水浴なんかもしたりする。
どうなってるんだあいつ。

わが黒石の屋敷の最上階にある、陽当りの良い角部屋。
西洋風のアンティークを揃えた、品が良くも落ち着いた室内。
窓際には小さな木のテーブル。
同じく小さな、しかし古びた木の椅子。

いつもの紅茶と、いつものスコーンを手に
我が家のヴァンパイアはそこにいるのだ。

「カイエ、成人おめでとう? 
 あなた達は20歳で大人なのね、結構遅いわね。
 あたしの所では、15歳で成人だったのに」

そうか、星が違えばそんなこともあるだろうな。

「…それにしても。そっちはやっぱり成長しなかったわね」

やかましい!
胸を見て言うな!

「おめでとう、カイエ。
 あなたみたいなゴリラでも、貰い手があってよかったわね♪
 あたしはもう、一生カイエは動物園で孤独に過ごすんだと思って…」

よよよ、と嘘くさく泣き崩れる紅璃に、
私はウェディングの裾がまくれるのも気にせず飛びかかった。
やかましい!まったく!ひとの晴れ舞台でもこいつは、本当に!

「あら、かわいい女の子じゃない。
 この子はママに似ないで、おしとやかな子になるといいわね。
 ゴリラよりあたしのほうが子育て上手いかもよ?」

いつもの紅璃の軽口も、今は殴り返す気力もなかった。
痛みだけは、紅璃が魔法で和らげてくれていたのでだいぶマシだったが、
なによりも精神的な疲労が大きい。
まさか私が母親になるとは…。

やっていけるのだろうか。
いや、一意専心!やるしかないのだ!
…ちょっと違うか。

「人間の成長って早いわねえ。
 ついこの前まで、こーんなにちっちゃかったのに、
 今じゃあの子もお嫁に行くんだものね」

娘の晴れ舞台を前に、隣に立つ紅璃がおどける。
そんなに小さくはなかったぞ、それじゃ豆粒だろう。
自信はなかったが、あの人と、何より紅璃がいてくれたおかげで
私も人並みに親としての仕事を全うできたと思う。

「あら、起きたの?
 今、薬を用意するわね」

紅璃は今日も隣で私を看護していてくれたらしい。
もう目も殆ど見えないし、身体も思うように動かない。
いよいよ私もお迎えが来たらしい。
そうだ、思い残すことのないようにしないとな。

紅璃。

「んー?」

穏やかな声だ。

私は、楽しかったよ。

「そう、良かったわね。
 あたしも結構楽しかったわ」

そうか、紅璃も楽しんでくれたか。
私、お前に出会えて良かったよ。

「…そうね、あたしも良かったわ」

紅璃の声は穏やかだ。
高く、細く、澄んだ声。
きれいなソプラノで、私は紅璃の声が好きだった。
ヴァンパイアって、歳を取らないんだな。

「そうよ。今だってあたし、可愛いでしょ?」

私はしわくちゃのおばあちゃんになったが、
紅璃は当時と変わらず、美しい少女のままだ。
そうだった、お前本当にヴァンパイアだったんだな。

「そうよ、何回も言ったのに」

口を尖らせる仕草も見慣れたものだ。
どうもこいつはずっと子供っぽい、子供のままみたいなやつだ。

ああ、なんだか眠くなってきたな。

私、結構頑張ったよな?

なかなか、頑張ったと思うんだ。
ロアテラも倒して、子供も育てて。

こーんなわがままなやつを一生面倒見てやったぞ。

「ええ、頑張ったわね。
 もういいのよ、おやすみなさい」

ああ。紅璃がそう言ってくれるなら、頑張ったんだな、私。

じゃあ、いいかぁ―――。

我が家には、ヴァンパイアがいる。
何を言っているのだと思う人もいるだろう。
いや、ほとんどの人はそう思うだろう。

創作で有名なそれは、空を飛んで、牙があって血を吸って。
十字架や銀にも弱くって、太陽を浴びると灰になる。
だが少し待って欲しい。
うちのヴァンパイアは違うのだ。

煌めく銀糸の髪を二つに結んでいて、それから小さな羽があって。
瞳は真紅よりなお紅くて吸い込まれそうになる。
それからとっても優しくて、可愛くて、お姫様みたいだ。
なのに十字架も銀も効かなくて、太陽すら気にせず平気で出歩いている。
そんな人が、生まれた時から同じ家で暮らしている。
すごいだろう。私の自慢だ。

わが黒石の屋敷の最上階にある、陽当りの良い角部屋。
西洋風のアンティークを揃えた、品が良くも落ち着いた室内。
窓際には小さな木のテーブル。
同じく小さな、しかし古びた木の椅子。

いつもの紅茶と、いつものスコーンを手に
我が家のヴァンパイアはそこにいるのだ。

「ねえ、紅璃ちゃん!
 ご先祖様とのお話、今日も聞かせて!」

「あたしもー!」
「あたしも聞きたーい!」

元気いっぱい、うるさい盛りの妹達が大騒ぎしてしまっても。

「んー?
 紅茶とスコーンは持ってきたんでしょうね?
 いいわよ、じゃあ今日は…。」

とても穏やかな声で。

「黒石カイエの冒険 ~ゴリラの花園編~ ね」

楽しげに笑うのだ。


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