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『うみかじ』2号について

「辺野古の現場だけを見ていては取りこぼすことがある」という一文を編集後記に残していた。最初の1ヶ月、ただずっと辺野古のゲート前・テントにいた自分に向けて何気なく書いた文章なのだが、2号を要約するひとつだとおもう。辺野古のゲート前に何十人と集まる日でも、土砂の出し入れが行われている安和・塩川では、ほんの少しの人数で、生命を削り、体力をしぼるように抗議をつづけている。自衛隊基地ができたことで安心が揺さぶられている宮古島、西海岸埋め立てとともに生命・生活の破壊が脅かされる浦添。情報を知るだけでは身体からはすうっと通り抜けていくように、なにもわかっていない感じがしていた。しんに地に足をつけながら、生活の視点から、より創造的な「つながり」を探したい。そんなことを考えていたら、ごちゃごちゃとおもちゃ箱をひっくり返したような一冊になった。浦添で一緒にサンゴの観察をしてくれたともだち、急に宮古島にきたわたしに話をしてくれたひと、安和・塩川の状況について資料を貸してくれたひとなどのおかげです。


沖縄島西海岸に位置する浦添カーミージー


2023年1月27日発行
・詩 うみべ⑵
・カーミージー探検隊
・うみの辺野古日記。 20221101-20230115
・島じま紀行 宮古島
・安和・塩川レポート
・論考 「つながり」と家父長制
・詩 てぃだ


うみかじ2号@東京マップ



2号が出来た時、東京に居た。東京でこそ配りたいなと胸を高まらせ飛行機に乗った。ほとんど縁のない都市と『うみかじ』で結ばれるのが新鮮だった。だいだい色に灯った電球のような場所であれ、都市の風に飲まれまいとひっそりと佇んでいる空間であれ、『うみかじ』を置かせていただいた書店さんにはゆたかなぬくもりがあった。メトロポリスのイメージも少し変わり、それぞれと交信しているようだった。



当時、辺野古に借りた部屋とゲート前の間という狭い空間において、家父長制的な暴力をうけていた。日常的に怒鳴られたり「出てけ」などと言われるのがつづき、すぐ近くにいる大人たちにすら助けを求めることができなかった。辺野古に一身住まいはじめたばかりで、自ら受けた傷をほどきなおすすべはなく、海に行くたび海とすれ違った。そして何より、凍り切った心身から発された言葉・身振りが、近くにいるひとをも傷つけていた。辺野古の現場だけを見ていては取りこぼすことがある。


今回の記事をつくるときに出てきたスクリーンショット。
投稿してすぐ消したのを思い出した。


生活は壊れ廃墟と化したが、それでも辺野古でのあり方を模索するためには、傷つけることと傷つけられることについて、ほどきなおす論考をつくらざるを得なかった。「つながり」と家父長制。傷を受けたわたし自身もひとを鋭く傷つけうるということ、そして被害/加害という当事者だけでなくその周囲によっても傷跡は踏みつけられつづけるのだということを、わたし/たちが息を吸って吐くこのくう始点としてたぐりなおしつづけたい。今現在においても。


印象深い参考文献
・岡野八代「暴力・ことば・世界」
・信田さよ子『傷つく人、傷つける人』
・レベッカ・ソルニット『説教したがる男たち』
・玉城愛『沖縄女性の運動史から知を得る 幾重にもなる差別とどう闘うか』
・琉球弧の軍事基地化に反対するネットワークのブログ(http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com)


つづく

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