猫が影を狙う

私は誰かがいなくなったときの悲しさを知っている。
夜、お風呂に入れなくて、うーんうーん、と考えていたら隣の部屋で眠る姉が2回くらい早く入りな、と部屋に来た。私はわかってるよ〜と言いながら動画を見た。
Twitterを開いて、お風呂に入れないと呟いた瞬間、お風呂に入った。そんなもん。
猫は寝ていた。お腹を出して小さなベロを出して、すやすや寝ていた。起こさないように静かに立ち上がって部屋を出たつもりだったけれど、彼女は起きた。お風呂入ってくるね、と小さく笑ってお風呂に入った。お風呂に入って化粧水を塗って乳液をして保湿クリームを塗って髪の毛を乾かして歯を磨いて水を飲んで15分。部屋に戻った。相変わらず猫は同じポジションでベロ出してた。
お風呂に入ってる時、ふと、大丈夫。世界は、まだ美しい。を読みたくなって急いで出た。
ぺらぺらと読んでいると猫が寂しかったよと本に顔を擦り付ける。風が強いけれど窓を開ける。猫が出窓に登る。お尻と腕をくっつけながら最後まで読んだ。猛烈に読みたくなる日がある。
この本を買ってから4回くらいはあった。
私は、誰かがいなくなったときの悲しさを知っている。
私は自分が大切だと思う全てにいなくなって欲しくない。猫も恋人も友達もみんなみんないなくならないでほしいと、心から願っている。
猫にも毎日、私より長生きしてねと伝えてから眠る。恋人にも私より生きてね、と伝える。友達にも貴方が笑って生きてくれればそれでいい、と伝える。
3年前に犬が亡くなった。冬の眩しい寒さと夏のみなぎる暑さを3回乗り越えても、犬は私の心から離れなかった。犬は5月に亡くなった。
どれだけ貴方があちらで楽しんでいても、どれだけ現実が幸せでも、どれだけ猫が懐いてくれても、埋められないものがあるの。
貴方にしか埋められないものがあるの。
風が吹くと貴方が降りてきているのかも、と思う。尻尾が丸い犬を見ると貴方がいるのかも、と思う。指に傷を作ると、今でも貴方が舐めてくれるのかも、と思う。涙を、悲しさをいつも分かち合ってくれた貴方だから、今でも大丈夫だよという瞳で見つめてくれるのかも、と思う。
どの犬を見ても貴方じゃない。もうここにいない。わかっているけれど、まだ会えるのかもしれないと思ってしまう。
今日は月が大きくて綺麗だし、あちらからも見えるのかな。
貴方が最期に寝た私の部屋の出窓には白と茶色とグレーの女の子が外を見張ってるよ。大きなお尻で私を守ってくれているよ。この子はね、私と誕生日が一緒なの。とっても可愛い子だよ。びびりで臆病な貴方でも2人だったらきっと、仲良しになれていたよ。ここにいないのは貴方だけだよ。
就職活動で面接をしていた時、貴方が最後の声でワンと吠えたの。私しか家にいなかったのに、私、貴方に会いに行かなかったの。ずっとずっと後悔してる。亡くなる前、もう動けなくて、でもピクピクしてて、私が抱っこしたら安心した顔したの。覚えてる。忘れたことない。
本当に本当に大好きだった。ずっとずっと私と生きていて欲しかった。ずっとずっと一緒にいたかった。猫がいても貴方がいない。
貴方がいないとどうにもならない。
貴方がいない3年間、目まぐるしく回っていたよ。やりたいと思っていたことじゃないことをしているけれど、来年からはやりたいことをするね。
私、人と話してこんなことがあった、あんなことがあった、これがいい、あれがいい、って言い合うのが好きなの。これが悲しかった、あれが寂しかった。そんなことを、言い合いたいの。
そんな場所で働きたいと思っているの。
貴方なら、どこにいてもなにをしてても、大丈夫だよ、という瞳で見つめてくれるでしょう。
だから私、ここまで頑張って来れたのよ。貴方が大丈夫だと思うよ〜と見つめてくれてたからなんとかやってこれたの。
心の中にいる貴方が大丈夫だよ〜というからやってこれたのよ。貴方は心の中にいるよ。ずっと。丸い尻尾も黒かった髪が白くなり始めたことも、涙を舐めてくれたことも人の体温が好きだったことも、散歩に行くより抱っこされながら歩く方が好きだったことも、細長いジャーキーをむしゃむしゃ食べていたことも、ケージを乗り越えてすごいでしょと言った表情も、道にあるあみあみが怖くて飛び越えられなかったことも、白い猫見てうんち漏らしちゃったことも、大雨が怖くて小さくなっていたことも、全部覚えているよ。貴方がうちに来てくれた日のことも、嬉しくて嬉しくて忘れたことないよ。
今日はさ、もう遅いし風も強いからさ、ゆっくり眠ろうよ。涙流して眠ろう。

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