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おとうと

第33話

将来は介護福祉士になりたいと語ってくれた。
私の母校に介護福祉科がありそちらで資格を取りたいのだと。

夢が大きいのはいいことだ。
社会に役立てる自分になりたいと願うことも。
ただ。目指す職業に就くために必要な学力や才能。
それらを網羅してからの「未来」であり「将来」であると
弟は今ひとつ理解していないようで、私はそれが引っかかっていた。

「そんな軽い感覚でやっていける仕事じゃないよ」

声掛けしても生返事。
「あんたの言うことなんてどうでもいい」
といった気持ちが伝わってくるようで、あまりいい気はしなかった。
どうでもいいと軽んじられるような生き方をしてきたが
私は既に社会人になって働いていた。
家にも幾許かの金銭を入れていた。
「働く」経験を先に積んでいる人の意見として
聞き入れることはできんのか?と不思議に思ったり時に憤慨したり。
けれど弟が私の話に耳を貸すことはなかった。

あんなに熱心に私の母校に進学したいと言っていた弟が
一転して「あの学校には行きたくない」と言い出したのは
二学期の終わりのことだった。
学校説明会が中学で開催され、私の母校からも先生が訪問したのだそうだ。
そこで

「おお、〇〇の弟か!待ってるぞ!」

と声掛けされたらしい。
聞けば卒業した学科の先生ではなかったが、それでも私のことを
覚えていてくれたことがとても嬉しかった。

「へー。私のこと覚えていてくれたんだね」

喜ぶ私に弟は顔を曇らせた。

「あの学校には行きたくない」

突然の告白に驚いたことは言うまでもない。

「どうしてよ?」

先生から声掛けしていただけるなんて有難いことじゃない。
そこは「よろしくお願いします」というところでしょう、と。
ところが弟は

「だってお姉ちゃんいい生徒じゃなかったでしょ?
好き勝手して学校も殆ど行ってないし。
そんな人の弟って初めからレッテル貼られて過ごすとか嫌だ。
あの先生がお姉ちゃんを覚えているってことは
他の先生も覚えてるってことでしょ?
他の先生もみんな「あいつの弟か」って言うでしょ。
お姉ちゃんの弟って思われるのはちょっと・・・」

唖然、茫然、愕然。
弟からの指摘通り私は碌な学生じゃなかった。
先生にも反抗したし先生から暴言を吐かれたこともあった。
それだけのことをしてきたのだ、私は。あの学校で。
私の母校に行きたいと願っていたのにそれを潰してしまった。
私の安易な生き方が弟の人生を狂わせてしまった。

というのが、代わりに弟が志望校として名を挙げたのが
地元でも有名な不良校だったからだ。
地元の各中学から選りすぐりの不良たちが進学する、
毎日がカーニバル&バイオレンスな学び舎。
弟にあの学校で3年過ごすなんて荒業、こなせるわけがない。

「悪いこと言わないから(私の母校)受験しな。
あそこはあんたが通学できるような学校じゃない」

何度言っても弟の気持ちは変わらなかった。

お姉ちゃんの弟って思われたくない。
お姉ちゃんみたいな学生になるんじゃ、とか思われるのは嫌。

それは分かる。分かるんだが。
後悔先に立たずとは正にあの時の心境を表すに、ぴったりの諺だ。

「悪いこと言わないから」
「嫌だ」

どれほどこんな会話を繰り返したろう。
特に変化のない成績。受験は目の前。
弟が新たな志望校として名を挙げた学校に進学した
先輩やらの顔を思い出してみる。
言っちゃ悪いが全員碌でもない。
男子も女子もみんな。
私はデブス陰キャだった割に
女の先輩からやたら目をつけられていて
脅されたり階段から蹴り落されそうになったり、
かなり嫌な目に遭ってきている。
そんな人たちが集う場には
「近寄っていい人」と「そうでない人」とがいる。
私や弟のような「その他大勢」が関わってはいけない人たち。
あそこは地獄でしかない。
そんな単純なことが弟には分からなかった。

「あんたのクラスのヤンキー全員あの学校に行くと思うけど
そういうの気にならないの?」

尋ねても「学科が違うから」とにべもない。
通学途中、或いは体育祭などの学校行事。
そういう連中と顔を合わせる機会はいくらでもある。
平穏な学校生活が送れる場所じゃないと
何度言っても、聞き入れなかった。

時間は刻々と迫り願書提出し弟は、
本当にその学校を受験してしまった。
結果は合格。
あの学校もよほどでない限り不合格者は出さない。

私の母校は私の卒業後、
「どうしようもないバカ」
は不合格にするようになったと、後に聞いた。
だから弟が受験していたとして、合格したかは不透明だ。
弟は「どうしようもないバカ」に恐らく括られる。
大人しく私の母校を受験し浪人となり、
そのまま父の会社に入社していたらその後の人生
少しは変わっただろうか。

制服やら教科書やら届く様を
複雑な気持ちで眺めた。
この時まだ私は、過去の行いをかなり悔いていたから
弟が学校生活に挫けても
私だけは味方でいようと固く心に決めていた。

眉を顰めるような話を弟から聞かされたのは
丁度その頃のことだった。


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