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第4話「テウチの備忘録Ⅰ」

今までの自分

ただ黙々とうどんを打ってきた。誰のためでもなく、ただ自分のためだけに打ってきた。しかし、自分の中に芽生えた理想のうどんに届かぬ日々。果たして僕の打つうどんはうどんなのか。正解の見えない”うどん未満“を生み出す毎日。それが狂い始めたのは2018年の5月ごろだったと思う。
僕の周りにはうどんを打っている人間が数名いたようで、そういった人たちが集まって互いのうどんを食べあう会が開かれた。各々、思い思いのうどんを打っては人に食わせ、そのうち最も美味かったうどんを決めようということになった。投票の結果、僕のうどんが良かったということで、賞品に呪術用のカメレオン等を頂いた。塩っぽかった。

「うどんを出すBarがあるらしいから行こう」。

6月ごろ、友人に誘われて新御茶ノ水にある渡辺商店という曜日で店主の変わるハイカラなところへ足を運んだ。カウンターと扉口の近い席の少ない空間。小野という男がカウンターの中にいた。白縁メガネに金に染めた髪を頂点で結って、カセットコンロに乗せた鍋でうどんを茹でている。ASWだのドラうどんボールだの、わけのわからない言葉が飛び交うなか、白い、雫型の器に入ったうどんが出てきた。今はもう味も食感も覚えていない。その時は別段何もなかった。店を出てもう一軒飲み屋に入り、”初めての海外旅行はオマーンへ行く“という約束をして解散した。

師との出会い。

渡辺商店へ行ってから1月のうちに、店でうどんを出していた小野さんと3回ほどあった。僕にとって1月に3度も同じ人間と会うことなど、学校やバイト先でもない限りありえない事だった。名前を小野ウどんと言うそうで、うどんをお店で出しているだけでなく、出張してその場でうどんを打ってくれるうどん職人だという。手打ちうどんで音を奏でるアーティストでもあるそうだ。それはさておき、僕はここでとても重要な事を知った。

”うどんって職人が作ってるんだ“

うどんがどうやってお店で出されているのか、誰が作っているのか。考えたことがなかった。自分で打った自分で食す。その内にうどんを見出す事だけをしてきた自分にとって、世界の広がりを感じた瞬間だった。井の中の蛙とはまさにこのような状態を言うのだろう。なにはともあれ、蛙は外の世界を知ったのである。それと同時に、苦悶する自分にとっての救いとなったことがある。

「うどんに正解はない。」

そういう話をしてもらったと思う。
うどんはその日の環境、打ち手の状態によって姿を変えるもの。全く同じうどんを生み出し続けることは困難である。その中で、毎回100点ではなく高い平均点を取り続けることができる人間が職人であるのだそうだ。
自分で100点だと思えるうどんを打てずに、自分のうどんをうどん未満だと決めつけていた。しかし、そのうどん未満もうどんなのではないか。多様にあるうどんのうちの一つに自分のうどんも組み込まれていると信じて良いのではないか。点数で言えば5点くらいかもしれない。けれど確かに、僕のうどんは数あるうどんのうちの一つなのであるという事を知った。打ち始めて2年が経ったころだった。
丁度この頃、柏のBarにうどんを持ち込んでおり、お祭りでうどんを出そうという話になっていた。自分のうどんを信じることができたお陰だろうか。一人で12杯食べるお客様がいるほど盛況だった。

ミャンマーからの報せ

「代わりにうどんを打ってほしい。」
友人伝に話が舞い込んだ。8月の初旬、実家近くの河岸を散歩している時だった。未だに電波が圏外になる地域だったが河のほとりだけは電波が届くのだった。
なんでも、その彼はミャンマーに居るらしく、赤坂でうどんを打つ予定だったのが他の仕事で行けなくなったそうだ。赤の他人の代わりにうどんを打ち、人に振る舞う。
その時思った。

”真の職人にならなければ“

小野ウどんを師としたのは昨年の夏、頭のおかしくなりそうな暑さの残る中、試作用にうどんを打って茹で終えた頃だった。

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