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苦難も、直線も突き抜けろ。カルストンライトオ【前編】

 燦然と輝く太陽に、青い空。大きく白い入道雲。油蝉の雑味のある合唱が、その様相に夏の趣を一層深めていく。
 夏の到来を感じさせる景色の中に、或いは、入道雲に縁どられた蒼穹のカンバスに、一筋の飛行機雲が伸びていく。
 背後に白煙を刻みながら、時折入道雲に隠れては、またすぐにまた顔を現わして――、強烈な陽光にも、熱気を纏う薫風にも負けず、尚も一直線に突き抜けていく姿に対して、地上の人々は実直さを、或いは愚直さをも感じるだろうか。

……2022年7月、夏競馬が始まった。
 暑き中の熱き戦いが開幕する。汗を散らし、芝を散らし、多くの人々の熱意を背負って、馬たちは懸命に駆け抜ける。

 ――そんな炎陽に灼ける青々としたターフにも、かつて一筋の閃光が輝いたことがある。
 それは、もといその馬は、カルストンライトオ(Calstone Light O)。
 直線番長とさえ呼ばれた彼の半生は、正に実直そのものだった……。

白地に赤色の鋸歯と青の袖を彩った勝負服を鞍上に、目立つ白き鼻づらを携えた、つややかな黒鹿毛の恰幅。特徴的な鼻づらを覆うように黄色の面子を被る時もあった。


 1998年5月3日、春の息吹きに萌ゆる北海道の浦河町にて、カルストンライトオは生まれた。 父はサセックス・ステークスや、クイーンエリザベスⅡ世ステークスといった、英マイルGⅠ二勝を掲げたイギリスの快速王ウォーニング(Warning)。母は仏GⅠイスパーン賞を連覇したクリスタルグリッターズ(Crystal Glitters)を父に持つ、オオシマルチア
 父、母、母父も皆、競走馬引退後まもなく繁殖用として日本に繋養された馬たちではあったが、1998年当時では、父ウォーニングからはGⅠ二勝で2000年安田記念にも参戦したディクタット(英)、母父クリスタルグリッターズからはNAR年度代表馬の名誉を戴いた地方最強馬アブクマポーロ、また昨年1997年菊花賞を制したマチカネフクキタルが輩出される等、血統の実績は申し分なかった。そうした経緯から、カルストンライトオにも相応の期待がかかっていたと推測される。

1989年クイーンアンステークス(Queen Anne Stakes)を勝利した際のウォーニング(英)。
尚、2019年ヴィクトリアダービー優勝馬も同姓同名のウォーニングであるが、こちらはオーストラリアの馬で関係性は無い。

 その期待はデビュー後、確信へと変わる。
 2000年の新馬戦(京都芝1200m)から表舞台に姿を現した彼は、積極的な逃げ戦術で4馬身差の圧勝。続く同月のかえで賞(500万下・京都芝1200m)も逃げて6馬身差の大勝と、開幕から無類の強さを見せつけた。
 この快勝に手応えを感じた陣営は、2歳牡馬の最高峰「朝日杯3歳ステークス(中山芝1600m。現在の朝日杯フューチュリティステークス、GⅠ)に彼を出走させた。前走よろしく、初手から軽快な逃げを繰り出したものの、キャリア3戦目のグレード1競走に面を食らったかのように最後の直線で沈み、10着と惨敗。
 
 年を越して、次走ダート戦のバイオレットステークス(京都ダート1400m)で様子を見たのち、マーガレットステークス(阪神芝1400m)に参戦し、結果は2着。終盤の失速を目の当たりにした陣営は、1600mは勿論、1400mさえもカルストンライトオにとっては長く苦しい道のりであったことを痛感する。そう、彼は生粋のスプリンターであったのだ。

 その後、中スポファルコンステークス(中京芝1200m、GⅢ)3着を経て、これまでのキャリア9戦で勝利数は4戦、連対(2着入着)を含めれば5戦、うち重賞優勝はゼロ。決して悪い訳ではないが、華々しい訳でもない。彼の将来を考慮すれば、大舞台での優勝が欲しいところ……。
 ……そうこうしている間に迎えた、2001年の夏。陣営は彼のスプリント能力を見込んで、或いは新天地への出奔による開花を信じて、同年に長きに渡る改修工事を終えたばかりの新新潟競馬場での力比べに挑ませた。
 ――カルストンライトオと「アイビスサマーダッシュ(新潟芝1000m、GⅢ)」との出会いは、これが初めてだった。

 ――新潟競馬場を語る上で外せないのは、何といっても、全長1キロにもわたる長い直線コースであろう。直線のみを用いた"ドラッグレース"は、凱旋門賞でもお馴染みのフランス・ロンシャン競馬場にて開催される「モーリス・ド・ギ―ス賞(芝1300m、GⅠ)」や「アベイ・ド・ロンシャン賞(芝1000m、GⅠ)」等、海外(特に英仏)での人気は高いものの、日本競馬では一般的ではなかった。そこに風穴を開ける存在として新潟競馬場に新設されたものが、国内唯一の直線コース重賞競走アイビスサマーダッシュである。

新潟競馬場。右手のダートコースと比較して、芝の直線コースが遠方まで伸びているのが分かる。因みに直線コースを使用するオープン競走は、上記のアイビスSDと「韋駄天S」「ルミエールオータムダッシュ」の三競走のみ。


 ……迎えた新潟の夏。快く透き通った青空の下、ゲートの内で闘志が燃えていた。これまでのスプリント戦績を鑑みてか、当日は一番人気。期待のまなざしが痛いほどに集中する。

 ――スタート!爽快に響き渡る開扉の音と共に、駿馬たちが薫風のように駆けだした!
 少しばらついたスタートだったが、全馬各々のポジションを探っていく。
 肝心要のカルストンライトオ、当然と言わばんかりに5枠から進出してハナを叩く。左隣からはユーワファルコンも競りかけるが、抑えるようだ。……新潟のカーブ不在の直線コース。枠番での不利は無い。絶好のポジションをキープできた。
 ……よし。これなら大丈夫。このまま突っ切ろう。
 鞍上熊沢重文騎手は手綱を緩めた。お得意のスピードで、一気に押し切る算段。カルストンライトオにとって十八番の逃げが炸裂する――


 ――はずだった。
 
 「5枠わずかにシンボリスウォード、それからカルストンライトオは二番手につけるかたち。」
 青嶋達也アナの声が緊張を盛り立てる。
 スタートから100m地点。なんとカルストンライトオよりも先にハナを切ったのは、同枠シンボリスウォード。これまで高松宮記念に3度も出走した老雄で、逃げ策を得意とする彼は先発制人と言わんばかりに先手を打つことで、カルストンライトオを封殺するつもりだ!

 それを察知し、熊沢騎手の手が早くも動く。展開としては先行策に落ち着いてしまったが、未だクビ差の間合い。外からも詰めてくる他馬はいるが、今からでもハナを叩ける。距離を経るにつれ、手綱さばきは激しさを増していく。……いつの間にか、馬群はターフ中央で一丸と塊り、互いの地響きを感じながらの大混戦。
 ――これが、これが新潟の直線!これが、アイビスサマーダッシュ!

 残り500m、運命の残り半分。
 カルストンライトオはシンボリスウォードにじりじりと詰め寄る。だが、シンボリスウォードも懸命に食い下がる。中々差が詰まらない。予想外だった。6歳馬がここまで粘るだなんて!

 その様子に思わず、実況の声にも熱が憑き始める。
 「まだ!しかし、300mあります!5枠二頭が先頭二番手のかたちで続いている!メジロダーリング三番手!」
 外からメジロダーリング――函館SSを優勝した牝馬の急先鋒――も強襲する!あまりの高速馬場に後続の足並みが乱れ始める。もう追いすがるものは誰もいない。三頭鼎立、横一線!
 
 残り200m!シンボリスウォード、カルストンライトオ!互いの馬体がぴったり並ぶ!メジロダーリングも隣につけた!
 接戦だ、大接戦!懸命に走る!追う!だが、メジロダーリング!メジロダーリング!二頭を突き放し、先頭に躍り出た!!鞭も飛んで、カルストンライトオ懸命に駆けるが、差は縮まらない!!
 そして――!
 「メジロダーリング!メジロダーリング!メジロダーリングッ!!」

優勝馬メジロダーリング(手前)。カルストンライトオ(奥、黄色の帽子)は大外強襲を凌ぎ切れなかった。

 ――勝者は、牝馬メジロダーリング。青嶋アナによる三度の連呼が彩るラスト、大外からシンボリスウォード・カルストンライトオ両馬を一馬身差躱しての完勝だった。函館SSと合わせてGⅢ連勝という結果に、鞍上吉田豊騎手は満足気に微笑んだ。畢竟、地鳴りのような歓声を一身に浴び、晴れやかな新潟の夏日影に輝いたのは、ターフの緑にも劣らぬ程爽やかな、メジロ牧場の勝負服であった……。

 カルストンライトオは激烈な叩き合いでスタミナを消費したまま失速、順位は3着。初めての直線コースは掲示板入りという結果を携え、幕を下ろした。

 ――またもや重賞競走優勝の王冠を逃した彼ではあったが、めげずに再びスプリント街道へと邁進することとなる。白き鼻づらの下には、未だ沸々と滾る闘志の煌きが秘められていた……。

(後編に続く)

※画像引用元
・カルストンライトオ:https://jra-van.jp/fun/memorial/1998103333.html
・Warning:https://racing.juddmonte.com/race-horse/warning
・新潟競馬場:https://www.chunichi.co.jp/article/96829
・メジロダーリング:https://keiba.nikkan-gendai.com/articles/258942

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