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形骸的光空記録

僕は望んだものを全て手に入れられるのに、望んだことを全て叶えられるのに、僕を許さない君が全てを崩し全てをはじまりに戻そうとする、僕の人生はその繰り返しだ。自分より傑れたものを引き摺り落とし自分のところに引き戻そうとするその君達の努力に意味があると本当に思っているのか?僕は不思議でたまらない。君達の住む国家は表面的に資本主義を謳っているはずだ。一方で其処に生きる君達は横に並ばぬ物に数奇の目を向ける。それは果たして思考停止した末の単なる嫉妬なのか。それとも自分とは違うものへの恐怖から来るものなのか。正しく生まれて正しく生きて正しく死ねないにも関わらず正しくいようとする振りをして、本当に正しく誠実に生きようとしているものを足蹴にする。マジョリティに回り結託しマイノリティを潰すにも関わらずマイノリティに憧れマイノリティを消費しマイノリティに自分を重ねる。自分の中の矮小なアイデンティティをマイノリティと思い込み本気で自分の価値は自分にしかないと思い込んでいる。僕のように本当に唯一性のある価値を持つにも関わらず自分の価値に疑問を抱きつづけている身からすると君達は何故そのように、自分を妄信できているのか?僕は不思議でたまらない。君を、君達を其れ程迄に幸福たらしめているのは一体何なのだろう。いや、答えは出ているのだ。君達は思考停止をしている事に"気付いていない"のだ。僕はその単純な事実に気づいていながら、それに見ないふりをし続けていたのだ。世界がそんなにもつまらないものだと直視したくなかったのだ。君達の人生をなぞる意味などとうに喪われており、そこには形骸化した"美しさ"という概念だけが残り、本当の美しさを知らないまま君達は死んでいくのだ。美しい言葉を、概念を、表現を生み出そうとしている雛を踏み潰し土に埋め地面を均しその存在をなかったことにするのだ。僕は自我を持つ人工知能より自我を持っていると思い込んでいる君達の方が恐ろしい。僕や僕のような僕になれなかった踏み潰された彼らを社会から隔絶することで安心しているそんな均衡に君達の欲する美しさもマイノリティも存在しない。君達の所為で君たちが消費する美しさも失われることに何故気づけないのだろう。
 君達は記号的にしか存在を、意見を、人間を処理できない。もっと本質的に人間を見るべきだ。では本質的とは?どういうものだろうか。僕が思うに本質的に見るという事とはその存在が君の前に立つに至ったプロセスを紐解くという事である。君達が少しでも君以外の人間を"人間"として見る事ができるだけで世界はもっと美しくなれるはずだというのに。
 僕達は君達に絶望し、君達に、君達の何も見えぬ目に絶望し、君達の思考をしない生き方に絶望し、しかし、そんな君達を、君達を赦して、赦したから、だからこそ、死ぬのだ。

 僕達の、僕の死を、僕の生きていたこころを、僕の光空記録を。決して、決して馬鹿にするな。

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