電中日記 アキコ15

 小橋から彼女のメールアドレスを教えて貰っていたので、帰りの電車からメールを送ることにした。件名に自分の名前を入れて、本文に「これ俺のアドレス」と送ると、件名の頭にRe:が一つ付いた返信がすぐに送られてきた。「ありがとう、嬉しい」という言葉に笑顔の顔文字が添えられていた。僕とアキコは携帯電話のキャリアが異なっていたので絵文字を送り合うことはできなかったが、カラーの液晶画面にモノトーンで刻まれた顔文字から素直な感情がよく伝わってきた。人に見られるわけでもないけれど、電話帳の名前を「あ」と入力して登録した。

 人生で初めて彼女が出来た。けれども僕にとって、心の底から嬉しいと思えることではなかった。自分はミカが好きだ。でも今日それが叶わなくなってしまった。ミカは手を伸ばしても全然届かないような遠くの存在に思えた。対してアキコは届くところにいた。出会った日から何故か無条件で自分の事を好きでいてくれた。今はアキコに対して好意を持っているわけではないし、きっとこれからもそんなに好きにならないんだろう。けれども恋人が出来るということはそれだけで中学生の男子にとって勲章のようなものだし、セックスができるなら別にそれでよかった。

 ただ同時に少しだけ、アキコのことを好きになってしまうのが怖いように思えた。好きではないけど付き合っているという認識でいることは安全な場所から戦場を見下ろしている感覚だ。好きになってしまったら戦場に降り立たなければいけない。そうなるといつもの調子良いキャラでいる自分が自分でなくなってしまいそうで、とても怖くなった。

 僕は帰宅後、自宅のパソコンからインターネットでミカの芸名を検索した。表示された検索結果の中から彼女の所属事務所のプロフィール写真を見つけ出した。写真のミカは肌が真っ白でとにかく美しかった。今日僕が見たような大人びた都会的な雰囲気ではなく、清楚で優しそうな印象の笑顔だった。それから僕は何度もミカの写真を見て性的な妄想にふけった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?