電中日記 アキコ13

 僕はそれからもアキコのことを敬遠しつつ、アキコのそばにいるミカには会いたいという気持ちをずっと持っていた。しかしそれはなかなか叶うことではなかった。

 二学期が始まって一週間ほどした頃、授業後に小橋と学校近くのファミレスに寄った。上島が途中まで一緒に居たけれども、小橋がミカにメールして合流する予定になったあと「わりい、俺今日塾だった」と笑いながら言って、そのまま帰ってしまった。

 私立中学に通う僕たちは、進学のために塾に行く必要性が無いのでそもそも塾通いをしている人は少数だ。僕たちは彼女に会いに行くことを「塾に行く」とふざけて呼んでいた。上島は今日は立ちバックの勉強らしい。

 久しぶりにミカに会えるというだけで僕は心が躍っていた。しかしやってきたのはミカとアキコだった。驚きながら「あれアキコじゃね」と言う僕を見て、小橋は笑いをこらえてプルプルしていた。そのあと僕があわてる姿を見て、吹き出して大笑いした。会いたい人とできれば会いたくない人が同時に現れて僕としては少しだけ複雑な思いをしたけれども、やっぱり嬉しさが圧勝だった。僕の正面に居た小橋はシートの席を立ち上がって女性を「合コン座りね」と言って自分の座っていた側に誘導し、彼は僕のとなりに腰掛けた。僕の正面にはアキコがいて、小橋の前にはミカが座った。

「タツル君、久しぶりだね」腰掛けてすぐにアキコが言った。
「ああ、うん。でもこないだ電話で話したじゃん」
「そうだけど、あのとき以来会ってなかったじゃん」

 気軽に話せる仲のようで、相手の視線を気にしてしまう。僕はしばらくアキコの目を見られなかった。そこから四人で話した。彼女達は夏休み明けで学校がめんどうだとか、私立は高校受験無くて羨ましいとか言っていた。そこで初めてミカのことを聞いた。ミカはスカウトされて今は大きな芸能事務所に所属している。雑誌のグラビアを薦められるが、本人は水着はやりたくないらしい。今度テレビに出るかもと言っていた。

 ミカがお手洗いに立った後、「じゃあ俺も連れション」と言って小橋も立った。相変わらず小橋はこういった良い感じの空間を自然に作るのがうまい、というかずるい。僕はアキコと向かい合って久しぶりに二人で話すことになった。

「ねえ、タツル君って今、好きな人はいないの?」
ミカのことが好き、なんてアキコの前で言えるわけない。
「別に、いないかな」
「ふーん、そっかあ。じゃあ、どういう人が好み?」
「さあどうだろ。今まで好きになった人は、あんまし共通点無いな」
「そっか」

 落ち着かなくなってドリンクバーを飲み干した。ストローの先からゴロゴロと音がする。

「私ね、本当に初めてなんだ。人のことをこんなに短期間ですっごく好きになったの。」
「ふうん」
「ホントだよ。タツル君のことね、一日中ずっと考えててね。もう一回会えたらいいなってずっと思ってたの。だから今日会えただけですごく嬉しい」
「そうなんだ。いいね。俺はそんなに強く想うこと無いから」

 というのはもちろん嘘だ。僕は同じ気持ちをずっとミカに対して抱いていたから。世の中うまくいかないもんだなと思った。

「告白したあと、ずっと泣いてて、ほんとに辛かったんだ。毎日ミカに電話して話聞いてもらってた。でもようやく最近ね、なんか、もうちょっとしたらちゃんと諦められるんじゃないかなと思ったの」

 諦める、という言葉を聞いて、僕は心がきゅっと締め付けられたように思えた。当然のごとく自分の事を好きでいてくれる人が、突然いなくなるのは嫌な気がした。

「一方的にタツル君のこと好きなのって、迷惑かな」
「別に。迷惑じゃないよ」
「じゃあ、もうちょっとだけ好きでいさせて」
「そーゆーの許可いらないでしょ」
「そっか、そうだよね」

多分、迷惑じゃなくなったのがこのときなんだろう。

「まだ、付き合いたいって思ってんの?」
「え?……うん、思ってる」

急に嬉しそうな顔をされてしまったので、ちょっとだけ期待持たせたのは悪いような気もした。

「そっか。ちょっと考えさせて」

小橋とミカが一緒に席に帰ってきた。ずいぶん長い「連れション」だなと思った。

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