電中日記 アキコ14

 ファミレスを出たのは夜八時過ぎで、アキコが親から連絡がきたから解散することなった。連絡が来なければきっとずっと居ただろう。彼女達は自転車に乗って帰った。僕と小橋は二人で駅に向かって歩いた。

「そいやさ小橋、トイレなげーよ」
「いやそりゃ、せっかく二人っきりになれんだからねえ」
「あーなるほど、そっちがね」
「まあね。ミカはやっぱ可愛いよなー。というか美人か」

やっぱそういうことかと思った。

「まあでも今彼氏いるんだよなー」と小橋は言った。
「あーやっぱ、そうなんだ」と僕もガッカリした。

ミカには高校生の彼氏がいるらしい。美人だし当たり前といえば当たり前だけれども、残念だった。

「タツルはどうなのアキコは?」

 決まったようにあてがわれている感じにうんざりだったけれども、今日の小橋のお節介のお陰でアキコが真剣に自分の事を思ってくれているのを知ることができた。実際性格は良いんだろうなと思えた。

「俺は別に好きじゃないよ。今日もめっちゃ好きって言われたけど」
「ほんとだよね。あいつ俺らの前でもタツルのことしか言わねえもん」
「そうなんだ」と笑いながら答えた。
「いいじゃん、付き合っちゃいなよ」
「いやー、まだいいよ」
「そんなこと言ってたらタイミング逃すよ。せっかく童貞捨てるチャンスじゃん」

 夏休み明けには、男子の間で「あいつが童貞卒業した」という戦果が次々と耳に入った。その度に一歩先の世界に踏み込んだ彼らを羨んだし、セックスのことは四六時中考えていた。

「たしかになあ」
「いいじゃん。別に今好きじゃなくたってさ、付き合ってみて変わるかもしれないし」

 結局僕はアキコに自分から付き合おうと言うことにした。彼女の「もうすぐ諦められる」という言葉に少し焦っていたのもある。それに小橋の強い推しに負けたという理由が背中を押した。

 小橋から電話番号を教えて貰って、駅舎の学校と反対側の階段を降りたところに腰掛けてアキコに電話をした。松葉杖生活が終わってまともに歩けるようになってはいたが、駅の階段の上り下りは少しだけ大変だった。

「……もしもし、アキコ?」
「はい」
「あの、タツルです」
「えっ!タツル君!?」
「こんばんは」
「はい、こんばんは」

 突然相手が知らない番号から掛けたことと、緊張していたことで少し敬語になっていた。ミカと別れて今は帰り道一人でいるところらしい。少し話してから本題を切り出した。

「あのさ、今日一緒に話してね、こないだの話冗談じゃないんだよなって分かったからさ、その……、付き合おう。いや付き合って、ください」
「え!うそ!?」

驚きに満ちたアキコの声は裏返りかけていた。

「え、いいの!?ほんとに私でいいの!?」
とアキコは念を押すように聞いた。
「うん。いいよ」
アキコはすでに泣いていて
「ありがとう、これからよろしくお願いします」と言葉をひねり出した。
僕はなんでいちいち泣くんだよと思いながら
「うん、こちらこそよろしくお願いします」とゆっくり答えた。

しばらく話した後電話を切って近くに居た小橋に声を掛けると、彼はいつものテンションで叫んだ。

「やったじゃん!タツル!うぉー今日はハッピーだぜー!」

駅前の人の注目になるほど大きな声を出していた。

「おーいよいよタツルも塾通いかー」
「元から通ってるけどね!塾は」

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