電中日記 アキコ12

 夏休み中に完治という僕の目標は残念ながら達成できず、松葉杖を片方つきながら登校し始めた。

 二学期の始まりといえば防災訓練からだった。全校生徒がグラウンドに集まっている中僕はただ一人、ケンカでボコボコにされた不良のような風体をしていた。高校のエスカレーター進学が不可能と決まってから、素行を気をつける必要もなくなったため、髪の毛は黒く染めずに学校に行った。

 二学期が始まってから、小橋と上島にもっぱらアキコのことをネタに笑い話をされた。ミカが圧倒的な美人である以上、二人でいるとアキコはどうしても引き立て役になる。アキコはブスではない、垢抜けていない普通の子だ。ミカが綺麗すぎるのだ。「アキコ」という単語を出せば僕らの中では笑い声が起こるような、かわいそうな扱いだ。みんなが「アキコと付き合っちゃなよ」と言えば言うほど、僕の中にはハズレくじを薦められているような気がした。だから余計、アキコと付き合うということを考えたくなかった。

 9月の最初の土曜日の午後、授業は午前中で終わるため、なんとなく友達と教室で話して学校に残っていた。小橋から電話で吉祥寺にいるから遊ぼうぜと誘われたので、すぐに行くことにした。学校を出て電車に乗り、一人で吉祥寺のサンロードを抜けて五日市街道の横断歩道を渡った突き当たりにあるマクドナルドに向かった。サンロードの途中にあるマクドナルドに比べていつも人が少なく空いていたので「寂れたマック」と僕らは呼んでいた。

 そのマクドナルドは一階は注文するところだけで座席は二階にしかない。きっと小橋達が二階に居ると思い、僕はナゲットと爽健美茶を買って一人で階段を登った。

 しかしそこに知っている姿は無かった。おかしいなと思いながらサンロードの出口と横断歩道が見える窓際の座り、喉を潤した。その日の外は日差しが強く照りつけていて、日傘を持つ人が多かった。

 小橋に電話しても出ないので、「マックに着いた」とメールを送った。自分のほうが場所を間違えたか、向こうが勘違いして僕を置いてどっか行ってしまったかなと思った。数分後「ちょっと待って今行く」と返信が来たので、僕は窓の外を覗き彼らがやってくる姿をしばらく探した。

 サンロードの出口から出てきたのはアキコだった。初めは人違いかと思ったが、土曜日の人混みの中でも彼女の焼けた肌がはっきり見えた。彼女は横断歩道の向こう側で誰かと話していた。ようやく僕は自分が小橋にハメられたのだと気付いた。

 とにかく今アキコには会いたくなかったので、パニックに近い状態になりながらどう逃げるか隠れるかを考えた。とりあえずナゲットを一気に口に押し込んでゴミ箱に捨てた。出入り口は横断歩道に面した一カ所だけだから、見つからずに逃げるのは無理だ。そうこう考えている間に信号は青に変わり、アキコが渡り始めた。いよいよもう逃げ道が無くなってしまった。もし僕がトイレに逃げ込む間に、向こうが階段を登ってきたら見つかってしまうかも知れない。

 僕は窓際の一番奥まった端の席で、他人のふりをすることにした。鞄を膝の上に抱え頬杖をついて顔を隠し、壁の方を向きただじっとしていた。

 階段を登る音がだんだん大きくなって止まった。同時に聞き覚えのある声がした。
「あれー、小橋君たち居ないね」

 思った通りアキコだった。僕は見つかってしまうのが怖くてたまらず、脈拍が大きく上がった。アキコ達はフロアを歩いて見渡していた。僕のほうにも近づいた。おそらく数メートルの距離にいた。それでもどうにかバレず、彼女達が階段を降りて横断歩道を渡ってサンロードに戻る姿を見届けて、ようやくほっとした。

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