電中日記 アキコ11

 事件があってからも引きこもり生活が続いたが、レントゲンに写ったスネの骨はかなりくっついて、ギプスは膝から下だけになった。

 アキコから突然告白されたのは二学期が始まる直前のことだった。その日は塾帰りに小橋から電話がかかってきた。

「おーう!ターツルー?元気ぃー?」
「いえーい元気だよ!こないだ呼んでくれてありがと」
「いやまさかね、ホントにあの格好で来ると思わなかったよ。上島はまさか来ないっしょって言ってたから。さすがタツルだぜ」
「いやあ、だって小橋にあのノリで誘われたら行くっきゃ無いっしょ」

そんな、称え合うように冗談を掛け合った。ここまではいつも通り。

「ところでさあ、タツル、こないだ会ったアキコって覚えてる?」

ちょっとドキッとした。

「ああ、うん、一緒に飲んだ子ね」
「そうそう、その子が今ちょっと一緒に居てさ、タツルに言いたいことがあるんだって」
「え、ああ、うん」
「今変わるね」
受話器の向こうで聞き取れない音量の話し声が交錯する。

雑音がいくつか聞こえたあと

「……あ、タツル君?」
「お、おう」
「こんにちは、アキコです」

 品質のさほど良くない携帯電話の受話器のせいもあってか、強く低めに感じたアキコの声色が、弱くか細い女の子の声に感じた。僕は急に親しくない女の子と話す緊張感に包まれた。

「ああ、こんにちは。久しぶり?ってほどじゃーないか」
「そうだよー。ついこないだじゃん。一週間くらい前」
「ああそうだったっけ」

僕は会話に全く手応えが無くなっていた。

「タツル君ね、聞いて欲しいんだけど」
「ああ、うん」
「私ね、タツル君のこと、好きなんだ」
「え、そう」

 突然の告白に僕は戸惑った。直接異性から「好き」と言われたのは生まれて初めてだった。「好き」と言われたって、彼女と会ったのはたったの一度きりだ。それに小橋と一緒に居ることを想像すると、みんなで盛り上がって「そそのかされた」とか「罰ゲームで告白」とかそういった事を疑ってしまう。

 それに僕はもう何日も頭の中にはミカの姿しかなかったのだ。あのサラサラの髪、透き通るような白い肌にもう一度お目にかかりたいと毎晩ベッドの上で願っていた。その受話器の向こうに、おそらくミカも一緒にいるだろうと想像すると、返答はNO以外ありえなかった。

「……それで、もしよかったら、私と付き合ってください」

 こんなときのスマートな答えは学校では教えてくれない。僕は必死に、最も簡単な断る言葉を思い出し、口からひねり出した。

「ごめん」

その途端、受話器の向こうから鼻をすする音がした。
呼吸の苦しそうな声で泣きながら彼女は言った。

「ううん、いいよ。ありがとう」
「ごめん……なさい」
「ううん、いいの。こないだは、ごめんね。小橋君に変わるね」

また、よく分からない「ごめん」を言われた。
さすがの小橋も悲しめのトーンで

「良いのかよー、タツル。彼女できるチャンスなのに」
「ああ、うん。だって好きじゃないと悪いじゃん?そんなの」

 僕は必死に、アキコのことを好きじゃないアピールと言い訳をした。小橋は僕がミカのことが好きだっていうのを知っているのかも知れない。そうだとしたら、ちょっとずるいなと思った。

「まあでも、気が変わったら連絡してあげなよ」
「そんときはね」

もちろんそんな気は全く無かった。
アキコの連絡先を知るつもりも、さらさら無かった。

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